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ジャワ方面の海戦 ー昭和17年2月ー
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スラバヤ沖海戦1
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日本海軍は開戦劈頭、ハワイ、マレー沖海戦で米英軍の海軍主力を殲滅した。
その後の海戦は主にジャワ方面海域で蘭印進出を図る陸軍部隊の護衛を主任務とする日本海軍と、それを阻止せんとする連合国海軍との戦いであった。
零戦の活躍により制空権を確保した日本海軍は有利に戦いを進め、前出のデイビッド・トーマス氏の「スラバヤ沖海戦」によれば
「酸が亜鉛を腐食する」ように進み1942年3月迄には東南アジアから連合国海軍を一掃した。
戦いは日本軍航空機による敵航空機の殲滅、敵艦船爆撃と、重巡、軽巡、駆逐艦などによる水上艦艇同士による砲撃、雷撃戦であった。
海戦は数次にわたって行われ主なものでも「ジャワ沖海戦(空爆)」「バリ島沖海戦」「スラバヤ沖海戦(米軍呼称はジャワ沖海戦)」「バタビア沖海戦」等である。
一連の海戦では、発射した魚雷の自爆、多くの弾丸を発射しながら極めて低い命中率など、問題を感じさせる戦闘、
またプリンスオブウェールズ、レパレスを撃沈した96中攻、一式陸攻の航空隊による空からの攻撃は
魚雷の不足から主に爆撃による艦船攻撃を行ったが戦果は乏しく今後の戦いに不安を感じさせた。しかしながら敵の攻撃による輸送船の損失などもあったが、
日本海軍は所期の目的を達成した。
一方日本軍に制空権を奪われた連合国軍は、度々爆撃を受け、艦は破損し、それらを修理しながらの
苦しい戦いを強いられ、多くが日本海軍艦艇の砲雷撃で海の藻屑となった。
日本海軍は圧倒的に有利な状況の戦いだった事もあり敵艦隊との砲撃、雷撃戦で大破したものはあったがそれ等は救出され沈没したものは無かった。
一連の海戦による日本海軍の戦果(主に前出の「スラバヤ沖海戦」による)
| 国名 |
艦種 |
艦名 |
排水量 |
海戦名 |
沈没原因 |
沈没日 |
| 英国 |
重巡洋艦 |
エクゼター |
8390トン |
バタビア沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.3.1 |
| 英国(豪州) |
軽巡洋艦 |
パース |
6980トン |
バタビア沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.3.1 |
| 英国 |
駆逐艦 |
エレクトラ |
1375トン |
スラバヤ沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.2.27 |
| 英国 |
駆逐艦 |
エンカウンター |
1375トン |
バタビア沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.3.1 |
| 英国 |
駆逐艦 |
ジュピター |
1690トン |
スラバヤ沖海戦 |
触雷 |
1942.2.27 |
| 米国 |
重巡洋艦 |
ヒューストン |
9050トン |
バタビア沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.3.1 |
| 米国 |
駆逐艦 |
エドソール |
1215トン |
バタビア沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.3.1 |
| 米国 |
駆逐艦 |
ポープ |
1215トン |
バタビア沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.3.1 |
| 米国 |
水上機母艦 |
ラングレー |
15000トン |
ジャワ沖海戦 |
空爆 |
1942.2.27 |
| 蘭国 |
軽巡洋艦 |
デ・ロイテル |
6450トン |
スラバヤ沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.2.27 |
| 蘭国 |
軽巡洋艦 |
ジャワ |
6670トン |
スラバヤ沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.2.27 |
| 蘭国 |
駆逐艦 |
ピートハイン |
1310トン |
バリ島沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.2.20 |
| 蘭国 |
駆逐艦 |
コルテノール |
1310トン |
スラバヤ沖海戦 |
砲撃と雷撃 |
1942.2.27 |
上表記載以外に、前出の「スラバヤ沖海戦」によればその他の遭遇戦により、または海戦、空爆で受けた損傷が原因でその後失われたものとして
英国駆逐艦「テネドス」、「スカウト」、「ストロングホールド」、「サネット」の4隻
米国駆逐艦「ステュアート」、「ピアリー」、「ピルスベリー」の3隻
蘭国駆逐艦「ファン・ネス」、「エヴァツエン」、「ウィテデ・ウィット」、「ファン・ガン」、「バンケルト」の5隻
更に多くの警備艇、補助艦艇、蘭国の5隻の潜水艦等が日本軍の海空からの攻撃で撃沈された。