【4】予感 第2話 「なんだ、お前迷子だったのか」 年の頃はアスランと同じか、少し上くらいだろうか。 長身の部類に入るアスランよりもさらに頭半分は背が高い。 キラに声をかけて来たその人物は、男らしい精悍な顔つきをやや崩しながら「そうかそうか」と頷いていた。 「や、こんな所で蹲ってるからてっきり病人か何かだと思った。そうか、何もないなら良かった……………って、全然良くないか。迷子だもんなぁ」 そうひとりごちる青年を、キラはどこか不思議そうに見遣っていた。 最初に突然声をかけられた時には、びくびくと警戒と恐れを露にしていたキラだったけれど………。 『うわっ、ちょっと待ってくれよ!別に取って食ったりしないって!あー……まいったなぁ………』 脅えて涙目になるキラを見て、慌てて慰めようとして困ったように頭をかいていたそんな姿に、思わず出かけていた涙も引っ込んだ。 ああ、見た目ほど怖い人じゃないのかな……と本人が聞いたら「なんですと…っ?!」と絶句しそうなことをぼんやりと考えたりもした。 キラにとっては、『見知らぬ大人の男性』は全て恐怖の対象となり得る。 その上目の前の青年は背が高いだけでなく体躯もがっしりしていて、とても小柄なキラにとっては威圧感のようなものすらも感じられた。 でも、そんな外見とは裏腹に、困ったようにあたふたする姿やなんとかキラを慰めようとする姿はどこか愛嬌すらも感じられて─────。 思わずくすくすと笑ってしまったキラに、青年はちょっと面食らったような顔をしたあと、少しほっとしたような溜息をついた。 『泣き出されたらどうしようかと思ったぜ』と苦笑して。 その後暫くしてキラが迷子だと知った青年は、申し訳なさそうに頭をかいた。 「悪いな。俺も今朝この街に来たばっかりでよく分からないんだ」 「そう…ですか……」 残念そうに視線を落とすキラに、青年は「でも…」と言葉を続ける。 「目立つ建物の近くとかなら分かるかもしれないから、一応言ってみな。何処に行きたいんだ?」 「あ、えっと、ライさんの……じゃなくて。この街の領主さまの、お屋敷……に」 キラが辿々しくそう言った時、青年が素っ頓狂な声をあげた。 「は………?領主の家?!」 「…………ッ?!」 大きな声に思わずビクッと体を震わせたキラを見て、『しまった』とばかりに口を両手で抑えた後。 「悪い悪い。でも、そこなら俺でも分かるよ。カーライル男爵の屋敷のことだろ?」 「う、うん。そう…です」 「そこならついさっき行ったばかりなんだ。道ならバッチリ覚えてる」 「ほ、ほんとうに………?!」 「ああ」 嬉しそうに瞳を輝かせるキラに、青年も優しく表情を緩めた。 「いいか、よく覚えとけよ?まずはこの道を少し行くと大きな時計の付いてる建物が右側に見えて来るから、そのすぐ先の角を右に曲がるんだ。ここまではいいか?」 「うん。そこなら、さっき見たから覚えてる」 「よしよし、それなら後は簡単だ。曲がった先の道をずーっとひたすら真っすぐ行って、突き当たったら左に曲がれば屋敷の門が見えてくるよ。ばかでっかいからすぐ分かるって」 うんうんと頷きながら、キラは頭の中で教えられた言葉を繰り返した。 少しこんがらがりそうになったけど、なんとかなりそうだ。 「覚えられたか?大丈夫?」 「大丈夫。…ありがとう、お兄さん」 「本当なら案内してやりたいんだけどな。これからちぃっとばかし用事があって抜けられないんだ。……まったく、あっちの子守りは大変だ」 「子守り?」 陽気で親切な青年に当初の怯えはどこにやら、すっかり慣れてしまったキラは、不思議そうに呟く。 「ああ、お嬢ちゃんよりもっとでっかくて我が侭でおまけに人使いの荒い子供の子守り。そんなわけで、連れてってやれなくて悪いな。もし分からなくなったら、苦手でも頑張って周りの人に聞くんだぞ」 「う、うん………頑張る」 「そうそう、その意気だぞ。じゃあな、馬車に気を付けて行けよ」 ぽんとキラの頭に手を置いた後、青年はひらひらと手をふって歩き出した。 「あ………お兄さん!」 「ん?どうしたー?」 行きかけたところを止められて、青年は振り返る。 キラは、感謝の思いをありったけ込めておじぎをした後、微笑みながら訊ねた。 「お兄さんの名前は?」 すると青年は少し驚いたような顔をした後、ふ…と微笑みながら答えた。 「ディアッカだ。お嬢ちゃんは?」 「キラ」 「そうか。じゃあなキラ」 青年───ディアッカの後ろ姿が消えるまでキラはずっと手を降り続けていた。 何度も何度も心の中で感謝しながら。 どこか人を食ったような雰囲気を持つ人だったけれど、優しい人なんだなとキラは思った。 だから余計に、心配してわざわざ声をかけてくれたのに最初はひどく怯えてしまった自分をとても申し訳なくなってしまう。 そして、そんな自分を変えなきゃともう一度強く思った。 よしっと気合いを入れ直して立ち上がり、砂の付いた裾をぱたぱたと払ってキラは歩き出す。 ディアッカに教えられた道筋を頭の中で思い出しながら。 両手に大事そうに抱えられた花が、そんなキラを勇気づけるように朱を帯びてきた太陽の光を浴びて鮮やかに咲き誇っていた。 ───少しくらいの傷なんてものともしない力強さで。 キラはディアッカの言う通りに時計のある店の角を右に曲がり、長々と続く道をひたすら真っすぐに歩いていた。 もう20分近くは歩いているけれど、まだ突き当たりは見えそうにない。 本当にいいのかな……と何度も不安に襲われたけれど、その度に首を振って嫌な想像を振り払った。 大通りから外れ徐々に閑静な住宅街に入るにつれて、人の姿はまばらになっていく。 それに不安を煽られ、キラは小走りに道を駆け出す。 抱えられた花がバサバサ抗議するように鳴っていたけれど、キラは心の中でごめんねと謝りながらも、足を止めようとはしなかった。 早く辿り着きたいと、その一心で。 そして暫くしてキラが小走りに疲れて歩みを緩めようとした、まさにその時。 ちらりと何気なく視線を移したその場所に、よく見知った姿を認めた。 ここからはかなり遠いけれど、ハッキリとわかる。 あれは、あの姿は─────。 「アスラン………?」 左手側の細い通りのその先に、キラは求めたその姿を見付けた。 目頭が熱くなりじわりと涙が込み上げて来そうになる。 あまりの安堵に足から力が抜けそうになって、キラはフラリと体を揺らした。 一方のアスランはといえば、まだキラに気付いていないらしく、別の方向をしきりにきょろきょろと見遣っていた。 「アスラン!」 きっと自分を探しているのだと確信して大きな声で呼ぶけれど、アスランのいる場所までは届かないらしく、彼の視線はこちらを向かない。 「アスラン……ッ!!」 必死にそう呼びながら駆け出す。 けれどアスランはそれに気付かないまま別の方向に走り出して、瞬く間に視界から見えなくなってしまった。 あっという間に消えてしまったアスランに、キラは呆然と立ちすくむ。 「ア…アス………ッ!」 慌てて後を追うけれど、既にくたくたの足は中々思うように進んではくれない。 ようやくその場所に辿り着いた時、既にアスランの姿はどこにもなくなってしまっていた。 「あ…………」 どうしようもない悲しみと寂しさがキラの心に降り積もる。 探して探して、ようやく会えたと思ったのに。 やっとあの優しい腕で抱きしめてもらえると思ったのに………。 キラは、込み上げてくる涙をこらえるようにきゅっと手を握りしめて俯いた。 「おい、お前」 突然キラの頭上から威圧的な声がかかる。 涙で滲む視界に、緑の軍服を纏う背の高い男の姿が映り込んだ。 キラはギクリと体を揺らす。 元々人が…とくに成人男性が苦手な彼女にとって、目の前の見たこともない男は恐怖の対象でしかない。 しかも今度はディアッカの時と違い、友好的な雰囲気すらも微塵も感じられない。 「………っ」 小さなキラに覆いかぶさるようにして近距離から見下ろすその姿。 キラの心に、一瞬だけど過去の残像が行き過ぎた。 目眩が、する。 「お前今『アスラン』と叫んでいたな?」 男は脅えるキラを気にも止めずに、ぐいっと腕を掴んでまるで詰問するかのような口調で迫ってきた。 大切に抱いていた花束が手から離れて地面にばさりと散った。 キラはあまりの恐さに花を拾うことさえ考えられずに、ガタガタと震え始めてしまう。 先程過った残像が、少し鮮明さを増して再びキラの心に蘇る。 忘れていたい───けれど体と心にしっかりと刻まれて消えない過去の痛みが……。 「質問に答えろ。お前の知るアスランとはどのような人物だ?」 詰め寄られても、キラはふるふると力なく首を振るだけ。 今の彼女には言葉を認識するだけの余裕がなかった。 質問の内容も、何故か男の口から紡がれた『アスラン』という言葉すらも。 「おい、聞いてるのかっ?!」 その怒鳴り声に、キラはとうとう耐えていた涙を溢れさせた。 怖くて怖くて仕方がなかった。 どうしようもない絶望感にも似た感情がキラを襲う。 まるで、『あの時』に引き戻されたように─────。 「……どうかしたのか?」 すると、騒ぎを聞き付けてか若い男の声が割り入ってきた。 「あ、隊長……!」 「何を道の往来で騒いでいる。その娘はどうした?」 隊長と呼ばれたその人物は、キラの腕を掴む男よりも随分若いように見受けられる。 彼は先程キラが出会ったディアッカと全く同じ深紅の軍服に身を包んでいた。 さらさらと流れる銀の髪は美しく、もしもキラが正気ならばきっと見蕩れたことだろう。 けれど今の彼女には、そんな余裕など欠片も残ってはいなかった。 むしろ、もうひとり現れたことで更に追い詰められていった。 キラの目は、明らかに正気を失いつつある。 透明な涙を零し続ける瞳は常の美しい輝きを失って、もやがかかったように暗く沈んでいた。 まるで、アスランに出会ったばかりの頃のように。 ───奴隷として、苦痛と絶望ばかりを覚えた日々に還ったように。 けれどそれに気付いてくれる人は、今キラの傍には誰もいなかった。 「ひっ……や…いやぁぁぁーーーー!」 自分の中で何かが弾けたその瞬間、キラは頭を抱え込んで悲鳴を上げた。 悲痛な声が辺りに響きわたる。 驚いた緑服の男が慌ててキラを取り押さえようとしたけれど、キラはどうにかしてその手から逃れようと滅茶苦茶に腕を振り回す。 「こら…っ、暴れるな!栄えあるクライン王国の王宮騎士であるイザーク様の御前だぞ!!」 「や……はなして………やだ…触らな………で…っ」 どんな言葉も、今のキラを止めるものにはならない。 キラはただ自分の体を掴む手を狂ったようにどけようとするだけだった。 「こんな子供に乱暴するのはよせ。なんだ、盗みでも見咎めたか?」 「いえ、先程この娘がアスランという名を口にしていたのを聞いたので、念の為詳しい事を尋ねようとしたのですが…………それからずっとこんな様子で」 「なに………アスラン、だと?」 イザークと呼ばれた青年は、キラと部下の様子に訝しむような表情を浮かべていたが、その一言で一気に目許をきつくした。 何しろその情報は、自分達が最も求めているものかもしれないのだから。 「おい娘、お前の知るアスランとは、アスラン・ザラの事か?」 「……………」 「答えろ。青い髪に緑の目をした俺と同じ年頃の男ではなかったか?」 「……………っ」 羽交い締めにされ力なく俯くキラに、イザークは容赦のない詰問をする。 華奢な体を震わせるその姿を痛ましくも思うが、それ以上にキラに対する疑念がイザークを動かしていた。 「何故黙り込む?何もやましい事がなければ答えられるだろう。それとも、答えられない理由でもあるのか?」 「……う…ぅ……ひっく…………」 静まりかえった周囲に、キラのすすり泣きだけが響いた。 通りにいた人々も、今までのやりとりにすっかりと口をつぐみ、声を殺して成り行きを見守るだけだった。 いつまでも泣き続けるキラに、イザークは溜息をつく。 「…………仕方ない、暫くこの娘の身柄を預かることにする。あいつについての何かを知っていて隠している可能性がある。俺はディアッカと合流してからすぐに向かうから、お前はその娘を連れて先に戻っていろ」 「はっ、了解いたしました」 そうしてイザークは背を向け足早に去っていった。 一方残された男は、何度もキラに歩くようにと促す。 けれどもキラはただただ体を震わせ泣き崩れるだけだった。 「ほら、いつまでも泣いてないで来るんだ」 しまいにはそんな態度に痺れを切らせ、キラの腕を乱暴に掴み半ば引き摺るように引っ張った。 「痛…っ…、いや…ぁ………!!」 キラは掴まれた手首に走る激しい痛みに掠れた悲鳴を上げた。 体だけでなく、心も悲鳴を上げていた。 このままでは壊れてしまう、壊されてしまう、と………。 ─────だけど。 「キラ………ッ!!」 そんなキラを救ったのは、やはり彼だった。 何度でも、何度でも。 その声は、恐怖で震えるキラを癒してくれる。 その腕は。暗闇でもがくキラを救い上げてくれる。 「ア…スラ…ン………?」 す……っと闇に落ちかけていた正気が戻って来る、 涙で霞んでぼんやりとした視界に、藍色の色彩が滲んでいた。 キラをいつも包んでくれる、優しい夜の色が─────。 「キラッ!お前、キラに何を……!!」 キラの声を聞いた気がして戻ったその場所でアスランが見たものは─────守るべき大切な少女が、しおれた花のようにくたりと地面に力なく蹲っている姿と。 それを乱暴に引き摺ってゆこうとする男の姿。 キラの悲痛な泣き声が胸に刺さる刺のようにアスランに苦しみを与えた。 許せるはずもない。 どんな理由があろうと、あんな風に泣かせるなんて。 未だに微かに響く泣き声は、まるで暗闇の中消せない悪夢に泣いていたあの頃に立ち戻ったようだった。 もう二度とあんな苦しい涙を流させないようにと守ってきたのに、それを─────!! アスランは手のひらをきつく握りしめながら、キラを捕らえる手の主を睨み付けた。 視線で人が殺せるのなら確実にその命を奪えるだろうと思う程に激しく。 「その手を離せ。今すぐにだ」 「なん………?!」 対峙する相手の全身を見据え、アスランはすっと目を細めた。 見慣れた───いや、正確には"見慣れていた"姿だった。 ほんの数年前までは。 自分はこの色に袖を通したことなどなかったけれど。 けれど今はそれに懐かしさを覚える余裕などなかった。 「その軍服………末席とはいえ王国騎士の一員ともあろう者が女子供に乱暴するのか?………このまま早々に立ち去るならば荒立てず見逃してやる。その子から離れろ」 静かに放たれる殺気にも似た圧力。 剣の柄に触れさせた指先は伊達ではない。 もしも相手がキラを離す様子を見せなければ、アスランは迷わず剣を抜く気だった。 ここが街の往来だろうが知った事か。 普段冷静なアスランとは思えない思考だった。 確実に騒ぎになると分かっていても、その思いは抑えられない。 それほどに、今のアスランは激しく怒っていた。 「あ、貴方は………もしや………」 一方キラを拘束していた男は、突然現れたアスランの姿を見て目を見開いた。 自分達が探している人物に瓜二つだったから。 上からの命令でここ一年程各地を探し回っていたその人を、彼が直接間近で見た事があるのはただの一度だけ。 けれど───王宮騎士のトップの証でもある漆黒の軍服に身を包み、同じ色のマントを翻して颯爽と進むその姿は、今でも目に焼き付いている。 目の前の彼が身に纏うものはその頃とまるで変わってしまっていたが、その顔立ちは数年の時を経てより精悍になったことを除けば何も変わってはいなかった。 「聞こえていないのか?その子から離れろと言っている」 思わず自分の思考に囚われていたが、その鋭い声で我に返る。 慌てて声の主の方を見れば、彼は腰に下げた剣の柄をしっかりと掴み今にも抜き放たんとしていた。 それを確認した途端ゾクリと背筋を走った戦慄に、男は咄嗟にキラを掴んでいた手を離して後ずさった。 「お待ちください、私は……!」 とその時─────。 「待てアスラン……ッ!!!」 場の張りつめた空気を切り裂くように現れたのは、先程キラを部下に預けて此処を離れたイザークだった。 突然名を呼ばれたアスランは訝しんでちらりとそちらに目をやる。 そして驚愕のあまり暫く絶句した。 「……………っ?!お前…は………イザーク?!!」 懐かしい友の名がアスランの口から零れる。 「やはり貴様だったかアスラン!こんな所まで探しに来させやがって………こちらの迷惑も考えろこの馬鹿者が!!」 イザークはアスランの目の前までくると、ずっと走って来たせいで切れた息を深呼吸ひとつで整えて、街中に響き渡るのではないかと思える声でそう怒鳴りつけた。 「イザーク……何故お前がここに…………」 「ふん。俺だってこんな辺鄙な所になど来たくはなかった。が、命令が下った以上従わねばなるまい」 「命令………?」 未だに状況がよくつかめていないアスランの鈍い反応にイザークが痺れを切らしそうになったちょうどその時、もうひとつの声がゆったりと割り込んできた。 「お〜、いたいた。久しぶりだなアスラン。三、四年ぶりくらいか?」 「ディアッカ…!!お前まで来ていたのか?!」 「おーよ。イザークだけじゃ心配だって上から言われてな。ま、所謂お目付け役ってところか」 「ディアッカ!余計な事は言うな!!」 目の前で繰り広げられる懐かしい光景に、アスランは暫し目を奪われた。 こんな光景を自分はいったい何度見てきただろう。 数年前まではこんな事が自分の隣で、あるいは自分を巻き込んで日常的に繰り広げられていた。 そしてそれを仲裁するのはいつもひとつ年下の穏やかな気性の少年で………。 あまりの懐かしさに、目眩がしそうだった。 旧友ふたりとのあまりにも突然の再会に停止していた思考が、ゆっくりと動き出す。 「……イザーク、ディアッカ。"紅"であるお前達が何故こんな場所にいる?王宮騎士であるお前達が陛下のお傍を……王都を離れるなどと」 射貫くようなアスランの視線に、イザークとディアッカはじゃれあうのを止めてアスランへと向き直った。 受けて立つように一歩前へ出たイザークは、アスランの視線を真正面から受け止めると、重々しく口を開く。 「お前を探す為だ、アスラン。俺達はシーゲル陛下から直々に頼まれたんだ。お前を……『突然王都から姿を消した王宮騎士団団長アスラン・ザラを探し出し、王都へと連れ戻せ』とな」 「……………陛下が?俺を?」 「ああ、そうだ。最も………お前を連れ戻す命令を俺達に下すようにと陛下に頼んだのは、王女殿下だという話らしいがな」 「………ッ!ラクス、が………?」 驚愕のあまり言葉を失うアスランに、ディアッカが畳み掛けた。 「そういうこと。だからアスラン。こっちの都合で悪いが、お前には俺達と一緒に戻ってもらいたいっつーわけ」 「……………ッ」 『戻る』という言葉にアスランの体が大きく揺れたことにディアッカは気付きながらも、それを気に止めるそぶりもなく続ける。 「お前だって分かってるだろうが、陛下の命令は俺達にとって絶対だ。まぁ、お前もその様子じゃあんまり戻りたくないみたいだし、俺としたらこのまま見逃してやりたい気もするんだが─────」 「ディアッカ!!貴様何を言って………!!」 「っと、ちょっと待てよイザーク!……まだ話の途中だっての。ええとそう……見逃してやりたいけど、やっぱそういうわけにもいかないんだ。だからここは大人しく付いてきてくれないか?」 お前とだけはマジでやり合いたくなんてないからなぁ……とディアッカは心底嫌そうにボヤいた。 アスランの実力は痛い程知っている。 王国随一とも謳われたその剣の腕を、今まで嫌という程この身で思い知らされてきたのだから。 「なぁ……俺達は三年前お前が突然失踪した理由を知らない。俺達が何度問い詰めても、理由を知ってるはずの陛下も王女も何も話してはくれなかったからな。だから、今回のお前を探して連れ戻せっていう命令も、どんな意図が込められてるかなんて考えも付かない」 先程までのどこかふざけたような雰囲気をがらりと変えて、ディアッカは静かに語る。 「でもよ。そういうの抜きにして、とりあえず無事な姿拝めて良かったなとは思う。ニコル達だってずっとお前の事心配してた。だからさ………あいつらに無事な顔見せるつもりで一回戻ってこい」 「ディアッカ………」 アスランの顔が苦しそうに歪む。 分かっていたはずだった。 自分の起こした行動で苦悩する人々が出ることくらい。 アスランは三年前に、あの場所に全てを置き去りにしてきた。 そうしなければならなかった。 自分の為にも、この国の為にも─────。 でも、何も告げられずに置き去りにされた者達は、いったい何を思ったか。 アスランは、自分の手が剣の柄を握ったままであったことに今さらながらに気付いた。 固まってしまったようになかなが動かない指先を半ば無理矢理に剥がすと、深く息をつく。 自分を見つめるイザークとディアッカの瞳から逃れるように視線を移せば、そこには戒めから解放されたキラがどこかぼんやりと自分を見ていた。 ゆっくりと近付いて膝を折り、未だに渇かない涙の痕に手を寄せた。 さんざん泣いたせいで冷たくなってしまった頬を、アスランは優しく撫でた。 「キラ………」 一声呼べば、言葉もなく固まっていたキラの体がゆるゆると動きだし、細い腕がアスランの首にまわされる。 まだ少し震えている体を抱きしめ、アスランはそっと瞳を閉じた。 「キラ、聞いていたかもしれないけれど……俺は………」 細い肩がビクリと震えた。 何かに脅えるように、震えは段々と激しくなっていく。 アスランにはその理由がハッキリと分かっていた。 だからこそ、早く伝えなければならない。 そんないらない不安に脅える必要はないんだよと。 「……大丈夫、置いてなんていかない。ずっと一緒だって約束しただろう?」 背中をあやしながら、アスランはゆっくりと言い聞かせる。 少しだけ体を離して顔を覗き込めば、涙をいっぱいにたたえた大きな瞳がこちらを見ていた。 「…………ほ…んと………?」 「本当だよ。だからキラ、俺と一緒に来てくれる?」 「どこ…………?」 「俺の……故郷だよ。俺が生まれ育った場所」 ─────王都、メイフォリアへ。 |