KanonをD.CU〜相沢であること〜
「はい、デザートです。」
食事中、義之が俺の趣味のことを出したため、せっかくだったのでその腕を振る舞うことにした。ザッと見たら一通りあったので、簡単なケーキでも作ることにした。誰も見てないところで、魔術を使って行程の圧縮。元々簡単に作れる代物なのだが、所々で本格的な物を入れると、味ががらっと変わる。祖父がお前ほど魔術を使いこなせる人間はいないと言ったのを思い出した。確かにそれなりの法則を持って行う物を所彼処で使うのだから誰よりも扱いに長けるのも分かる気がする。
「うわぁ、美味しい。」
「あっ、本当。」
二人のお嬢さんには喜んで頂けたようだ。杏や茜に何度か試食してもらったのが良かったかな。
「お前、凄いな。」
「伊達や酔狂で趣味にお菓子作りなんて言わないさ。このスキルのおかげで、どれだけ幼なじみの機嫌を良くしてきたか。」
きっかけは臆病な杏と打ち解けるためだった。今は毒吐いたりするが、昔は大人しくて本当にお人形のような女の子だった。人一倍臆病で、何度会いに行っても全く話しもしてくれなかった。
どうしたらいいと祖父に聞いてみた。すると女の子は砂糖で出来ているからお菓子をあげると良いと言われた。それから自分のカロリーを消費してお菓子を生み出す魔術とお菓子作りを教えられた。どちらか一方で良いのではと聞いたら、どちらでも出来ることに越したことはないと言われた。今では何となくその意味が分かる。
お菓子作りで明確なイメージを持つと魔術で作ったお菓子も明確なイメージを元に作られる。全ては経験から成る。だから俺にとって菓子作りとは行き着いた境地を忘れないためのものであった。
「でも杏が言うには出来ないことの方が少ないんだろ?何で趣味に菓子作りって言ったんだ?」
「出来ないことの方が少ないってのは大げさだ。ほんの少し人よりスポーツが出来て、勉強が出来るだけ。」
「それは過小評価だって杏が言ってたけど、まぁ、いいや。でも人並み以上に出来るスポーツを趣味にあげたって良かっただろ?お前、あまり乗り気じゃなかったみたいだし。」
よく見てるな。観察力だけを見れば、杏より上かも知れない。
「お前には隠し事は出来そうにないな。菓子作りには思い入れがあるんだ。」
杏との出会いと決して忘れてはいけない経験と想像力という世界。俺は暇な時間があればお菓子作りをするようにしている。食べてくれる人が少ないのが問題だけどな。
「なんか、素敵ですね。」
「どうだろうな。そうそう、由夢ちゃん、堅苦しいの抜きで良いよ。俺、そう言うの気にしないし、教える気もないから。」
由夢ちゃんは先ほどから妙に話し方に群がある。きっとこの家は由夢ちゃんにとって唯一自分を出すことが出来る場所で、そんな場所に現れたイレギュラーに対応しきれないのだと思う。ならば由夢ちゃんの楽な方をさせるべきだ。また由夢ちゃんとの距離が遠いことにちょっとだけ気になったのもあった。
「なんだか、祐一さんは兄さんみたいですね。」
「そうか。何だったら『兄さん』って呼んでも良いぞ。」
「結構です!」
力一杯断れると少しへこむが、今ので随分と距離が縮まった気がした。
「祐一って不思議だな。由夢がここまで気を許すなんて無いぜ。」
「兄さん!」
そうか、気を許してもらえてるのか。そりゃ、嬉しい限りだな。
「でも俺、特別なことしてないぞ。まぁ、倒れてたところを助けてもらったってのは普通じゃないが。」
どうやら相当とけ込んでるみたいだが、特別何かした記憶はない。いくらなんでもお菓子だけで何とかなったって事はないだろうし。
「祐一君は義之君と似ているんだよ。」
そう言ったのは純一さん。そう言われて、俺達は互いの顔を見合わせる。少し大きめな目とどちらかと言われれば女顔。月島が惚れたのも分かる気がする。男の俺から見ても義之は格好良い。
「俺は祐一ほど女顔じゃありませんよ。」
それをお前が言うか、義之。確かに俺は女顔で、杏や茜に何度か女装させられたこともあるが、お前だって似たようなものだろうが。
「同族嫌悪か。義之、女顔を恥じることはないぞ。ちょっと女の格好すればレディース料金で映画もバイキングも行けるんだぞ。」
「お前、女装癖が?」
「勘違いするな。俺は罰ゲームに動じないジェントルマンなだけだ。お前も気をつけろ。茜と杏の罰ゲームはえげつないからな。」
えげつないと言ったらえげつない。でも女装は一家では問題を回避するための最終手段として奨励されてたりする。と言うか、家は祖父の影響でみんな女顔だもんな。くそっ、祖父め。
「あはは、義之君も随分面白い友達が出来たんだね。」
「笑い事じゃないですよ。俺が女装したら純一さん達だって困るでしょ?」
「及ばせながら君の女装を除そうと見抜ける人はそうそういるものじゃないと思うよ。ねぇ、祐一君?」
「ええ、義之は女顔で線が細いですから。」
まぁ、女顔でなくても線さえ細ければバレない物なのだが、女顔が加われば完璧だ。結構可愛い女の子になるのではないだろうか。杏と茜でもけしかけてみようか。
「兄さん、私達に迷惑を掛けるのは止めてね。」
「弟君、女装は行けませんからね。」
朝倉姉妹は真面目なのか、そう言うのは想像しないらしい。そうなると尚更見せたくなるのが俺の性格。杏と茜に絶対し向けよう。そう思ったときにはメールをしていた。
「っで話が逸れましたね。そんなに似てます?」
ちょっと分からないので、聞いてみる。純一さんは楽しそうに笑ってる。これは自分で考えてみろと言うことだろうか。
「こんばんわ〜♪あれ、お客様?」
大きな声が玄関から聞こえた。この声、聞いたことがあるな。確か、あれは....。
「あれ、祐一君?」
「芳野学園長。」
声の主は新しく通うことになった学校の学園長だった。
「おう、さくらか。仕事、随分と掛かったみたいだな。」
「時間掛かったというか、遅くまで仕事してた先生に合わせただけなんだけどねぇ。っで何で祐一君がいるの?」
それはこっちの台詞だが、仮にも彼女は目上の人。こちらから話すのが筋と言うものだろう。
「倒れたところを助けてもらって、夕食をごちそうになったんです。」
「そっか〜。世の中どうにか出来てるんだねぇ。」
学園長はニコニコしながら純一さんの隣に座る。パッと見た限り、かなり親しい関係のようだ。
「さくらさん、祐一のこと知ってるんですか?」
「祐一君は入学試験たった一人満点で入学したからね。相沢って有名な学者一族で....って話しちゃマズかった?」
「いえ、結構ですよ。いずれバレることですし。」
満点取ったなど、いつか教師が漏らすものだ。だいたい、同じ学校から進学したやつが漏らすだろうし、遅かれ早かれと言うものだ。
「祐一君、満点だったの?」
そう驚いてくださるな、音姫さん。仮にも俺は学者なんだから。
「ふふ〜ん、ボクも立ち会ったんだけど、あっという間に終わらせて、学校見学したいって言ってね。案内したんだよ。」
あのときは学校に興味があった訳ではなく、さくらさんに魔力を感じたからだ。俺が想像するにさくらさんは祖父よりずっと優れた魔術師だ。と言うか、どうやったらあんなに若作りできるんだろう。この魔術と比べれば俺の過去視も大したことない能力だ。
「へぇ、祐一君はそんなに頭が良いのか。」
頭が良いというか、人の数十倍努力すれば誰だってあれぐらい出来る。まぁ、思えばあれが祖父の最後の授業だった訳だ。
「まぁ、色々祖父に仕込まれましたから。勉強に関しては結構出来ますよ。」
「結構で満点かよ。」
「まぁな。少しは驚いたか?」
軽くウィンクする。と言うか、それほど難しいものだっただろうか。
「今年は難しい問題にしたら平均点20点ぐらい下がったんだけど、満点出されて大騒ぎ。結構前の学校でやんちゃやってたからどうしようかって話しだったよ。」
そう言うのは是非とも本人のいないところで言って欲しい。ほら見ろ。完全に変人扱いだ。
「みんな結構ビビってたんだけど、立派な新入生宣誓でど肝を抜かれたよ。」
そりゃ、問題児が真面目にやったら驚くさ。でも俺は言うほど問題ばかり起こしてきた訳ではない。どちらかと言えば杏と茜に嵌められてたんだ。
「普通、新入生って在校生に気後れしたりするけど、今年はそう言うの無かったなぁ。祐一君の宣誓ってみんなの胸にドンッと届いたと思うよ。」
そう言われると、少し恥ずかしい。特に何か考えてた訳じゃない。ただ自分の思っていたことをそのまま口に出しただけだった。
「祐一君には人の心を繋げる。そう言うような力があるのかもね。」
「分かる、分かる。」
そりゃ、絶対嘘だ。俺は個人主義者だ。気に入った人間には優しくできるが、他人には恐ろしいほど冷たい。
「おだてたって何もでませんよ。」
「え〜、何も出ないの〜!」
何だ、突然。さくらさんらしくないと思ったら、その視線の先を見てみるとまだ少し残してあった俺のケーキ。意外と目敏いな。
「俺が作ったケーキですけどいります?」
「えっ、良いの?」
「簡単なものですけど、よろしければ。」
「ありがと〜。」
さくらさんは本当に嬉しそうにケーキを食べ出した。人を惹きつけるとかそう言う能力だったらさくらさんの笑顔の方がずっと上だ。
「なぁ、祐一、せっかくだからトランプでもしないか?」
「何故トランプか知らないが、この俺とトランプしたことを後悔するが良い。」
「言ってろ。音姉も由夢もやるだろ?」
「私もやる〜。」
「なら俺もやろうかな。」
あっという間に家族全員か。仲が良いんだな。
「明日の前哨戦だ。」
オリエンテーションでもやるつもりなのか。面白い。俺が勉強ばかりやってると思ったら大間違いであることを教えてやる。
「祐一君、強いねぇ。」
トランプを興じての小休止。俺はさくらさんと純一さんと一緒に近くのコンビニに買い出しとなった。朝倉姉妹、義之は今の内にお風呂とか入ると言っていたので、家にいる。と言うか、向こうは寝る準備をして、俺が買い出しに行くってどういう事だろう。
「でも運が伴わないと一番にはならないですよ。だからゲームはちょっと好きです。」
運が伴わないものならば攻略法と持ち前の能力でどうにか出来る。それだけ運って要素は大きく、俺はそれをどうにかしようとすることが楽しかった。
「あはは、祐一君はやっぱり祐一君のお孫さんだね。」
さくらさんの言葉に俺は立ち止まる。鎌を掛けられたとかじゃない。そう言うのはしない人だ。まさか、祖父を知っているのだろうか。でも祖父の知り合いならば俺が出会ったことないなんておかしい。
「祖父を知っているんですか?」
「親友と呼べる間柄だったかな。」
答えたのは純一さん。祖父の親友がこんな近くに?では何故祖父は会っていなかったんだ?杏のとこにはあんなに行ってたのに。
「祐一は高校生時代の恩師でね。祐一はすぐにここを去ったけどそれからずっと交流はあったよ。」
嘘をついてるとは思えない。ここはそうであったと肯定したところから始めよう。
純一さんとさくらさんは祖父と交遊があった。それも親友と呼べる間柄で、女関係以外どちらかと言えば無頓着だった祖父とずっと交遊があった。では何故俺はそれを知らなかったのだろう。こっそり交遊があったとは考えられない。四六時中とは言えないが、ほとんど一緒にいたし、祖父の性格を考えれば、こんなに近くにいるのに電話とかは嫌いのはずだ。相当の理由がある。ここで話しをしないとならないほど。
「祖父が亡くなったのはご存じですよね?」
「ああ、知ってるよ。本当に突然だったそうだね。」
祖父の死は突然だった。倒れたと思って運ばれたときには笑いながら死んでいた。祖父らしい死に方だと思った。祖父は人が哀しんでいるのを見ていられない人だったから。でもそんな祖父も知らなかったのかも知れない。突然の死が行き場のない悲しみを生んだことに。俺は普段から祖父の側にいたから乗り越えることは訳なかった。だがほとんど会うことのなかった人たちは未だに祖父が生きていると思っている。祖父の死を受け入れることが出来ないのだ。
「あの祖父らしい最後でした。別れも告げず満足そうに。祖父は苦しくても良いからもう少し生きているべきでした。祖父を慕った人全てにお別れを言うぐらい。」
祖父のことは尊敬していたし好きだったが、あの死に方だけは好きになれなかった。もし殴れたら殴ってやりたい。そして否応でも連れ回し、別れを言わせに行くだろう。
「祐一君そっくりだね。人が哀しむ姿を見るのは大嫌いってね。」
別に祖父の影響だからではない。哀しんでる姿より笑ってる姿を見る方が良いに決まってる。自分に関わってくるのなら尚更だ。
「それでどう言った理由で祖父と疎遠になったんですか?まさか、自分の娘でも口説かれたんですか?」
祖父の弱点を聞けば、必ず返ってくるのが女問題。誰もが呆れ、笑い、怒ったりするのも全てこの問題だけだと言われてる。
「家は息子だったからね。そう言う心配はせずに済んだよ。」
「運が良かったよねぇ。」
ほらやっぱりそう言う人だったんだ。でもそれ以外なのか。それならば尚分からない。
「祐一は君が生まれたときに頼み事をしていてね。もし自分が死んで、君がここに残るという選択をしたとき、それを支えてあげて欲しいってね。」
「祖父が俺の面倒を純一さんに?」
「ああ、祐一はどういう理由でそんなことを思い立ったか知らないけど、君の自由意志に任せたいって言って、僕たちと全く会わなくなった。徹底しすぎるのはアイツの悪い癖だね。結局僕たちは君が生まれてから一度も会うことはなかった。」
そう言って純一さんは哀しそうに笑った。あの祖父さん、今度会ったら殴り倒す。
だがあの祖父がどういう理由で、しかも俺が生まれた直後に純一さんに頼んだ真意が分からない。一家の活動を妨げたくなかったのだろうか。いや、死ぬ直前まで暇だという理由でデータを奪い、勝手に実験をやらせてた人だ。そう言うのは考えられない。そもそも祖父の性格から考えて本当に徹底しすぎだ。いくら何でも全く会わなかったってどれだけの強い意志だったというのだろう。
「まぁ、あくまで君の意思を尊重するけどね。」
あくまで俺の意思が尊重される。祖父もそれを強く望んでいた。祖父はいったいどんな真意を持っていたのだろう。兎に角そればかりが引っかかる。
だが取り合えず答えを出さないと行けないな。こう言うのは延ばしたところで意味がないからバシッと一発で極めないと。ここはまず機械的ではあるがメリットとデメリットを考えよう。
まずメリットとしては人のいる世界で生活できることだ。パッと見た限り、純一さんや朝倉さん親子がいなくても、音姫さんが細かいところまでやってくれるだろう。あの絶品料理を毎日食べられるだけでなく、面倒な洗濯などをしてもらえるのも相当助かる。それに俺はああいう家族生活をしたことがない。あのような幸せな生活をしてみたいという良くもある。まぁ、イヤラシい話し、音姫さんと由夢ちゃんのような美人と暮らす経験など一生ないだろう。
ではデメリットはと言うと、恐らく相沢らしい生活時間が減少することが第一にあると思う。今までを振り返ってみる限り、談笑やゲームなどのコミュニケーションが中心で、四六時中パソコンに尽きっきりとかは絶対に出来そうにない。仮にも相沢であり、祖父の後継者である俺が怠惰な生活を送っていると知られれば、純一さんに何らかのプレッシャーを掛けてくることも考えられる。それに自宅から離れると言うことは当然、杏の家と離れることになる。杏は結構適当だからかなり心配だし、そもそもあの人が亡くなってあそこに一人住んでる杏のことを考えると心苦しい。
ざっと浮かぶのはこんな感じだな。どちらを選んだところで、得る物も失う物もある。ならばここは思い切って選択しよう。
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