KanonをD.CU〜選択肢-相沢以外の生き方もある〜






 相沢以外の生き方をある。数年は無駄にすると覚悟してここに残ったのだ。それを模索してみるのも良いかもしれない。



 「それでは純一さんに甘えさせて頂きます。」



 これからお世話になる人に精一杯のお辞儀をする。すると突然、体が重くなった。体を起こしてみるとさくらさんが抱きついていた。



 「やった〜。これからよろしく〜♪」

 「よろしくお願いします。」



 ぶら下がるさくらさんをお姫様だっこして降ろす。こういうのを経験したくて、こちらの選択をしたんだなぁと実感する。



 「では祐一君、これからもよろしく頼むよ。」

 「こちらこそ祖父の我が儘に甘えてしまって申し訳ありません。」

 「良いんだよ。祐一には随分とお世話になったからねぇ。それじゃあ、今から荷物を取りに行こうか。」

 「そうですね。いつでも帰れるところだからこそ、こういうのは早めに異動した方が良いですね。」



 すぐに帰れるからこそ、こう言うのは早く行動して意識を切り替えた方が良いと思う。



 「それじゃあ、ボクは先に戻って祐一君の部屋の準備をしてるね。」

 「もうほとんど準備しているから寝床を中心に頼む。」

 「は〜い。」



 そして俺と純一さんはタクシーに乗り、俺の家へと向かう。着いた家には誰もいない。先ほどまで朝倉家にいたから冷たく見える。



 「祐一の家も久しぶりだな。」

 「結構来てたんですか?」



 家に入ると純一さんは感慨深そうに見渡している。ここは祖父の家であって、家の両親の物ではない。だからここにあるのは全て祖父の物であり、亡くなった今となっては俺の物となっている。




 「祐一がこの島に戻ってきたときここを建て直してね。祐一はここに一生住むんだって言って、完璧な家を造るって言って出来たのがここなんだ。祐一らしい収納が多い家だよ。」



 そう言って純一さんが戸を叩くと、ころんと回り、収納スペースが現れる。この家は至る所にギミックがあり、所彼処に収納スペースがある。祖父が言うには部屋を綺麗に保つコツは収納と言うことらしい。まぁ、祖父の生活を見ていると、いざというときに隠すための収納だったと思える。



 「持って行く物は何があるんだい?」

 「そうですねぇ。とりあえず服とパソコンですかね。」



 俺は自室に入り、さっさと服を鞄へ詰めていく。とりあえずこれから滞在する部屋が分からないので、ここ三ヶ月着そうな服だけで良いだろう。制服は着ているし、予備の制服も入れた。そうなると次はパソコンか。

 ぐるっと見渡して、ノートパソコンを見つける。パッと起動したところ、ここのサーバーと繋がるようになっている。向こうでネットさえ繋げれば、ここのサーバーを使って何かすることは出来るだろう。こいつのスペックじゃ少々不満だが、向こうじゃここにいたほど活発な活動はしないと思われる。十分だと結論づけ、シャットダウンし、これも鞄へと入れた。



 「とりあえずこんなもんかな。」



 お泊まりセットをぶっ込んで、あらかたの物は入れ終わる。



 「祐一と同じで物が少ないね。」

 「フットワークが軽いと言ってください。学者であるなら常に身を軽くしてと....。」



 そうやって周りを見渡して忘れていた物があった。それは真っ赤で大きなアルバムだ。



 「アルバムかい?」



 俺がアルバムの中身を確認してると純一さんが聞いた。



 「俺、祖父にずっと色々教わってたから子供らしいって言われる思い出ってそれほどないんです。でも幼なじみが出来てからそう言うのがあるたびに互いに写真を撮って交換したりして。大切な、大切な物です。」



 これは絶対に置いていけない。それにこれから最も必要になって行くものだと思う。



 「それが君を君としている物なんだね。」

 「はい。これでお終いです。」



 鞄を肩に掛け、アルバムを抱きしめる。鍵は閉め、家を見上げる。祖父さん、悪いがアンタの厚意に甘えさせてもらう。相沢らしくない生き方を見つけるかも知れないが、許してくれ。

 家を後にし、タクシーに乗り込む。なんだかんだ言ってこれからが大変だったりする。何せ朝倉姉妹からすれば突然居候が増えたのだ。義之は今まで兄弟同然で過ごしていたが、俺なんて今日初めて会ったばかりの人間だ。二人とも露骨に嫌がったりするタイプじゃないが、思春期の女の子な訳だし、男の子が増えることに抵抗を覚えることは間違いないだろう。

 さてどうしたものか。改めて住むこととなった朝倉邸を見上げて思う。と言っても純一さんにさっさっと勧められ、さっさっと入る。



 「お帰りなさい、お祖父ちゃん。」



 出迎えたのは音姫さんだ。風呂に入ったばかりなのか、頬が上気してる。



 「あれ、祐一君、旅行?」



 大荷物にそう思われるのも仕方がないか。さてとなんと言ったものか。



 「そのことで少し話しがある。悪いけど由夢と義之君を呼んでくれるかな?」

 「あっ、はい。」



 音姫さんが階段を上っていく。その間に俺は先ほどまでトランプをしていたリビングのソファーに座った。程なくして一家が揃う。俺は純一さんの隣に座って、残りが向かいに座る。何だ、何だと言った視線を感じる。



 「突然だけど、祐一君の祖父とは無二の親友で彼が一人でここに残った場合、面倒見ると約束してたんだ。どれくらいの間かまでははっきりしないけど、仲良くやって欲しい。」

 「とりあえず、よろしく。」



 あまり畏まるのも向こうも戸惑うと思うので軽い感じで言ってみる。



 「祐一君、よろしく。」




 最初にアクションを起こしたのは音姫さんだった。嬉しそうに俺の手を掴んで握手を始める。とても暖かく感じるのは俺の体温が低く、風呂上がりの音姫さんが高いからだろうか。



 「まぁ、お祖父ちゃんが言うのなら。」

 「俺はどっちにしろ居候だしな。」



 由夢ちゃんも義之も嫌な顔一つもしなかった。ここまで来ると逆に不安になるのが、俺の嫌なところだろう。人の好意を素直に受け取れない屑だ。



 「それで義之君同様家族として扱って欲しい。」

 「はい、分かりました。弟君、仲良くやろうね。」


 
 そして音姫さんが手を差し出した。弟君って俺か?



 「えっと...弟君って俺のことですか?」

 「そんな堅苦しい言葉遣いは良いって。だって弟は弟君でしょ?」



 よく分からない。と言うかそう言う簡単なものであってはいけないはずだ。



 「音姫さん、弟君って呼び方止めませんか?だってそうやって義之のこと呼んでたじゃないですか。それって音姫さんが義之を弟としてきた思い出と絆からなんですよ。そう言うの軽々しく使っちゃ駄目です。」



 少しここにいれば音姫さんや由夢ちゃんの義之に対する愛情が分かる。それと俺が同格になるなど、その間にあった思い出とかを否定することに他ならない。

 短い沈黙が訪れた。これで決裂したのならそれまでだったと言うこと。だが突然、純一さんが笑い出した。そしてそれに続き、みんなが笑い出した。
 


 「やっぱり君は祐一の孫だよ。人間関係なんて鬱陶しいとか言ってる癖に人一倍人間関係のことに関して五月蠅い。」



 祖父は知らないが、少なくとも俺はそうやって生きている。大事なのは深い関係だ。俺はたった一人でも俺の存在を認めてくれる限りこの世界に生きていける。



 「なんと言われようと自分の価値観は曲げるつもりはありません。」



 例えそれで良いことなのだとしても俺は過去を否定したくない。過去視を持つから尚そう思うのだ。もし俺がここで義之達が険悪だった過去を見てしまった場合、耐えられない。



 「祐一も頑固だったからねぇ。まぁ、祐一みたいに千の理論と万の想いで論破してみろと言わないだけマシだと言えるか。音姫、どう思ってる?」

 「えっ、私はよく分かりません。だって祐一君はなんと言おうと弟君だと思います。」

 「由夢はどうだい?」

 「わたしも祐一さんは兄さんだと思ってます。」



 その言葉に裏が全くないことを俺は分かってる。だが絶対にそう言うものであってはならないはずだ。過去を否定して現在など成り立つはずがない。人の想いは積み重なって初めて形となるはずだ。



 「祐一君は難しく考えすぎなんだよ。君は自分が思ってる以上に素敵な男の子だよ。いきなり弟、兄って呼ばれた意味が分からないのなら、付き合ったら分かるんじゃないかな?」



 経験は知識を上回る。俺が気付いた掛け替えのない真実。初めてのことを否定から入ってはいけない。俺は相沢だ。全てを否定するところから初めてはならない。



 「分かりました。では義之と同じように『音姉』、『由夢』って呼びます。」

 「ありがとう。それじゃあ、音姫。祐一君を部屋に案内してやってくれ。」

 「分かりました。弟君、行くよ。」

 「あ、ああ。」



 音姫さんは嬉しそうに俺の鞄を持って歩き出した。とりあえず幸先が良いと判断するのが利口か。俺はいざ持って見ると重くてほとんど持ち上げられていなかった音姉の持った鞄を持ち、持っていたアルバムを渡す。



 「鞄は俺が持つよ。音姉はアルバム持って。それ凄く大事だから落とさないでね。」

 「お姉ちゃんに任せなさい。」



 そう言って音姉は嬉しそうに自分の胸を叩く。まぁ、こんな生活も良いだろう。