KanonをD.CU〜選択肢-イノシシの前へ飛び出す〜






 俺はイノシシの前へ飛び出す。イノシシには倒れる小恋が敵として映った可能性がある。ならば助けたところで、そのままやり過ごせるとは考えにくい。それにタイミング的に助ける方は怪しい。ならばと俺はイノシシと対峙し、イノシシがこちらに来た瞬間、一気に山側へと叩きつけた。



 「嘘。」



 誰がそう言ったか分からない。ただ漠然と驚かれてるのは分かる。あの大イノシシを俺は蹴り飛ばしたのだ。蹴った感じから100kgを超えた大物であったことが分かる。普段鍛えてなかったら足が折れてたな。ひびは入ってないが、かなりの痛みが走った。

 だが大イノシシは山へと叩きつけられた状態から起きあがるとこちらを睨んだ。後ろにはアイツらがいる。アイツらに危害を加えることは絶対許さない。瞬時にチャンネルをずらす。それは俺が魔術師となった事を意味する。



 「動くな!」



 その声に大イノシシが止まった。チャンネルがずれてるとき、俺は俺の意志を俺の視界にある物にぶち当てることが出来る。祖父が言うには極めれば言葉にしなくとも出来るようになると言う。深くは調べてないが、言霊の一種だと思っている。とりあえずこの能力は強力で、単純な動物にとってかなりの効果がある。現に大イノシシは興奮しながらもその場に止まった。



 「下がれ。」



 俺が言うと大イノシシは下がる。完璧に繋がってるな。よし、成功だ。



 「森へ帰れ。」



 俺がそう言うと大イノシシは俺の前を通りすぎて谷方向へと降っていく。次出会せば俺にやられるという本能が働いたのかも知れない。何はともあれ、大事にならないで良かった。



 「小恋、大丈夫か?」



 チャンネルを戻し、倒れた小恋に呼びかける。パッと見た限り、ちょっとした擦り傷ぐらいしかない。判断としては間違いではなかった。



 「擦り傷ぐらいで良かった。ちょっと待ってろ。」



 さっと鞄を開け、医療用ツールを取り出す。この手のことは体験入隊で慣れっこだ。さっと傷口を洗って、アルコール消毒して、バンドエイドを張る。明日ぐらいにはもう治ってるだろう。



 「ゆ、祐一は大丈夫なのか?」

 「はぁ、何言ってるんだ?小恋の心配しろよ。」



 渉が一番近くにいた癖に惚けてた。仲間はどんな重傷でも助けるってのがチームの約束事だ。士気に関わるし、何より見捨てるという負い目を背負わないためにある。まぁ、極端な話しだが、こういうのって早ければ早いほど安心するものだ。



 「小恋、大丈夫か?」

 「あっ、うん。ありがと....う。」



 小恋は立ち上がろうとしたが、その瞬間崩れた。パッと支えたが、どうやら腰が抜けてるらしい。結構ショックが大きかったって事だろうが、こういうのは立ち上がれないときに一層感じる。せっかくの楽しいハイキングを潰すのも悪いな。仕方がない。

 再びチャンネルをずらす。



 「小恋、さては寝不足だな?駄目だぞ、夜更かししちゃ。」



 そう言って一気に立ち上がらせる。人間弱ってるときは暗示に掛かりやすいように言霊の影響を受けやすい。それでも弱いものだが、一気に立ち上がらせることで、自分が立ち上がったかのように錯覚させ、体にすり込ませる。人間、一つ逃げ道を作ってやれば簡単にそちらに誘導できる。って悪い魔術師だな、俺。



 「あれ、あれれ?」



 小恋は不思議そうな顔をする。もしかしたらしっかりと寝てたのかも知れない。だから頭はそれを否定してるのに、体が突然眠気でも感じだしたのかも知れない。矛盾を発生させてしまったか。まだまだ俺も未熟だな。



 「安心しろ。な?」



 混乱してる小恋の頭を撫でて、微笑む。結局人を安心させるのは触れあうことに勝る物はない。俺が微笑むと小恋も安心したのか、落ち着きを取り戻した。



 「よしよし、良い子だ。さてとさっさと頂上目指すか。」



 時間のロスは単純に自由時間を狭める。俺としてはそれは歓迎できる物ではないので、さっさと歩き出したい。

 だがふと周りを見渡しているとみんながみんな目を丸くして俺を見ていた。いや、よく見たら茜と杏だけがやれやれと言った顔で見てた。



 「大イノシシ、祐に破れる。」

 「慎ましく生きるんじゃなかったの〜。」



 そうか、そう言うことか。そう俺が理解したときには遅く、周りが慌てだし、教師達に問いただされた。相沢らしく生きるのも楽じゃない。