KanonをD.CU〜オリエンテーションは大慌て-後編〜
結局痛い足を教師達には隠して、何とか事なきを得る。今はみんなでカレーを作り、昼食。家のグループは俺へのお詫びと言うことで材料が他のグループの2倍。だからドライカレー風にしようという事で、みんなで材料を細切れにした。当然、料理が得意な者は一定の大きさだが、不得意な者は大きさがバラバラと言うことだけでなく不格好。不得意な物を作ったのは渉だ。
「渉、これじゃ良いお婿さんにはなれないわね。」
「良いの、良いの。俺は料理の出来るお嫁さんをもらえば!」
確かにその通りだ。でも世の中男女平等が進んでしまったために男も料理ぐらい出来ないと駄目だぞ。
「しっかし祐一すげぇな。あの大イノシシ蹴り飛ばしたんだぜ。」
渉があのときの話しを始める。あれから一瞬で噂は知れ渡ったのか、先ほどからちらちら見られてる。正直、人のランダムな視線ほど気になるものはないので、もう少し穏便に片づけておけば良かったと後悔している。
「言ったでしょ?祐が本気を出したら殺されてるって。あんな大イノシシすら祐には朝飯前よ。」
「よっ、最強!」
杏が言い出し、茜が音頭を取る。いくらなんでも素手じゃアイツには無理だろ。あれだけ全力で蹴ったのに、結構余裕で帰って行ったし。
「祐一君って強いんだね。」
小恋はあれから随分と心配してきたが、大丈夫と言い続けたことで漸く安心したようだ。俺としては小恋の思い出に汚点を残さなくて良かった。
「言ったと思うが、鍛えられてるからな。」
「鍛えられていてもあれだけの状態では動けないと思うがな。」
杉並が笑いながら言った。杉並には先ほど俺の鞄の中身を見られた。杉並ならば瞬時に何キロ背負ってたか分かっただろう。それを知ればなお驚くと言うものだ。
「すっげぇよ、お前。空手かなんかで全国行けるぜ。」
まぁ、楽勝だろうな。大の大人だって出来ないことが出来るんだから。
「馬鹿ねぇ、渉。祐はもう人間相手なんて飽きてるの。やるとしたら熊よ。」
「俺達に出来ないことをやるのか!そんなお前にしびれる、憧れるぅぅ!」
どっかで聞いたぞ、それ。と言うか杏もノリノリだな。この手の話題ってあまり好きじゃなかったように感じたが。
「そう言えばみんな、部活はどうするんだ?」
長引くと人間じゃないとか言われそうなので、手頃な話題に切り替える。だいたい見知ってきたとは言え、知らないことも多い。
「あっれ〜、祐くん、聞いてなかった〜?自己紹介の時、みんな言ってたでしょ。」
言ってたんだろうが、俺は俺の事情で全く聞いてなかった。でもそう言うと突っ込まれるので、軽く避けとこう。
「実際学校を見てみれば変わるだろ。それにスポーツ関係だと有名なやつとか見つけてやる気出すとかあるし。」
まぁ、格闘技関連が俺に絡んでくることは決定してしまった訳だが。はぁ、慎ましく生活したい。
「俺は軽音楽部だ。」
「あっ、私も。」
渉と小恋は軽音楽部か。渉はなんだかそんな感じするが、小恋はちょっと意外だな。
「へぇ〜、パートは?」
「俺、ドラム。」
「私、ベース。」
へぇ、どちらも意外だ。渉は目立ちたがり屋だからギターだと思ったし、小恋は女の子だからキーボードとか思ってた。ってことは相当二人とも好きなんだろうな。
「結構出来るのか?」
腕前を気にするのは俺も少しは腕に覚えがあるからだ。まぁ、純一さん曰く祖父は自分に出来ないことをいの一番にやらせるって言うから、ピアノとヴァイオリンを教えたのは出来なかったからだろう。コンクールとかに出たことはないが、真面目にやれば賞の一つや二つは軽いと言われたことはある。
「俺さ、小さい頃大太鼓やりたくてさ。なんて言うの?目立つじゃんか、あれ。やりたいやりたいって言ってたらパーカッション入れられてさ。結構仕込まれた。」
渉が遠い目で呟く。結構仕込まれたと言うには徹底的に仕込まれてるのだろう。渉は意外に真面目だし、変なところで根性あるから腕前は相当ありそうだ。
「私は友達の影響でちょくちょくやってた感じかな?ベーシストって数が少ないから、多分同世代じゃ一番だよ。」
小恋らしからぬ自信たっぷりなコメントだな。さぞかし出来るのだろう。
「祐一は楽器とかやるのか?」
もう少し聞こうと思ったら、義之が俺に振ってきた。でもふと杏と目が合った。どうやら向こうも狙ってたらしい。
「おいおい、いくら俺でも出来ないものはあるぞ。」
「そ、そうだよなぁ。」
渉が乾いた声で言う。強くて楽器が出来たら女の子にモテるとでも思ってるんだろうな。
「ちなみに祐は音楽の先生に著名な先生を紹介させたことがあるわ。」
「祐くんってピアノ上手いんだよねぇ〜。」
人がせっかく避けたというのにあっさりと戻してくれる我が幼なじみ達。ああ、お前達はそうやって俺を陥れるのが好きなんだな。分かったよ、こんちくしょう。
「ぴ、ピアノ〜。」
「じゃあさ〜、キーボードとか出来るの?」
渉が驚き、小恋が乗ってきた。どうしたものかと思ってると、またまた杏と目が合った。イヤラシく笑い、その指は唇に置かれてた。
「声もハスキーだからボーカルも出来るわよ。」
「ボーカルも!お前は不得意なものはないんか!」
渉が叫ぶ。勘弁してくれ、本当に。
「おいおい、誤解するな。そりゃ、キーボードとか出来るだろうけど俺クラシック専門だったからやったことがないから出来るとは言えないし、それにボーカルだって言うほど上手くないぞ。」
「出たわね、圧倒的上位発言。」
「出来る人に出来ない人の苦労は分からないんだよねぇ〜。」
そうやって茶々を入れるな。俺は自分の思ったことを言ってるだけだ。
「だが相沢のカラオケは上手かった。」
杉並から奇襲が掛けられる。見てみると杏と似たような笑い方をしてる。くそっ、こいつも杏と同じか。
「そう言えば祐一、数少なかったけど上手かったな。」
いらぬ援護射撃が入る。義之、同じ竈の飯を食べる仲なんだから察してくれ。
「まさか聖歌隊とかボイトレとかしてたとか言い出すんじゃないだろうな!」
やはり乗ってきた渉。なんだか、もう勝手にやってくれと言った感じになってきた。
「残念だけど、祐はそう言うのやってないわ。」
「でもお爺さんの影響は強いよねぇ。」
何でここのグループって俺がいじられるのだろう。是非ともこれはまだみんながみんな手探り状態だからであって欲しい。
「お爺さんって祐一の?」
「そうそう、私達って結構お爺さんにカラオケとか連れてってもらってたんだよねぇ。それで基本的に私とお爺さんしか歌わなかったら、お爺さん怒っちゃって、祐くんに歌わせるようになってね。」
「祐はメタルばっかり歌わされたの。」
「メタルかよ!」
段々と俺の過去が明かされていく。お願いだからこれ以上、食いつかないで。ぺらぺら喋るから。
「デス?シンフォニック?」
「祐は小さい頃からあんな声だからどっちもって感じ。祐の高音は必聴ものよ。」
「ギャップに萌えるよねぇ。」
何がメタルさ。何がギャップ萌さ。歌わなかったら歌わなかったで人の弱みにつけ込んでくるんだから歌うさ。高音だって出せるようになるさ。あれだけ歌わされれば。Jポップなんて歌ってて盛り上がれないとか思うようになるさ。
「ちょっと聞いてみたいな。」
「小恋が物欲しそうな顔で頼めばやってくれるわよ。」
「小恋ちゃん、ファイト〜。」
「えっ、ええ〜!」
何だよ、それ。まぁ、でもちょっと小恋のそんな顔で頼まれてみたいかも。そう思ったとき同時に杏が笑った。読まれてるよ、全部。
「じゃあ、今度カラオケ言ったときに歌ってやるよ。」
「あっ、ありがとう。」
まぁ、嫌いじゃないことだし、正直この前物足りなかったしな。ってもしかして俺がカラオケで歌えるように計算されてたのか?
杏を見てみる。にやっと笑う。こいつには一生勝てないかも知れない。
「お前達〜、そろそろ片づけ始めろ〜。」
「おっ、片づけだな。」
ちょうど良い頃合いで昼食の時間は終わりだ。俺達は食器を片づけ、女子はそれをサポートする。なんだか良いように使われてる男達ではあるが、そこは女子が上手いところやってるので、問題はない。
「祐、さっさと洗いなさい。」
「祐くん、早くしないと先生に怒られるよ〜。」
あくまで俺は別だが。小恋は渉や義之や杉並達とよくやっている。毎度のことだが、俺は幼なじみ二人にこき使われてる。
「何だかなぁ。」
女の子の手は荒れやすいから洗い物を男がやるのは理に適っているし、紳士的だと思う。だがあくまでこれは立派な考えで、ザッと見てるとやはり女の子が中心でやっている。周りから見れば、俺は杏と茜にこき使われてると思われてるのだろうな。
「なんだか覇気がないわね。あのときのやる気を思い出しなさい。」
そう言われたところで、これは皿洗いで、覇気を出してやる事じゃない。ため息付いてやったところで、洗い終わったお皿は綺麗だ。
「相沢〜、ちょっと来てくれ。」
「行ってくる。」
洗い物を二人に任せて、担任の所まで走る。さっさと学級委員を決めないと雑用係にされるな。
「スタンプラリーをしようと思ったら、スタンプを間違えて持って行ったらしいんだ。悪いが、取りに行ってくれないか?」
また不備が俺にしわ寄せできたか。面倒だな、と言ってしまっても許されるのだろうが、ここは断ったところでスタンプラリーが遅くなるだけだ。さっさと受けてしまおう。
「分かりました。地図は?」
「これだ。ここに取りに行って、ここで合流してくれ。」
「分かりました。」
地図を受け取り、走り出す。俺が言い渡されたところはスタンプラリーでは最も遠い部類だ。そんなところを何故俺がとか思うが、今はひたすら走る。
「スタンプ取りに来ました。」
「はいよ。」
教師からスタンプを受け取り、合流地点に走る。ハイキングコースはアップダウン激しく、道は険しいものだが、ちょっと集中すればグリップは感じ取れ、アップダウンも膝で何とかなるレベルだ。合流地点には俺が先に着いた。まぁ、何処の誰が頼まれたか知らないが、俺より速く走れるやつはいないだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
合流地点まで走ってきたのは女の子だった。相当疲れてるみたいで、肩で息をしている。教師が急げと言うものだから、全力だったのだろう。真面目なことだ。
「はい、これがそっちのスタンプ。」
「ありがとう。こっちがスタンプね。」
スタンプを受け取り、さっさと走り出す。来た道を戻るのも労力的には大したことない。あっという間に渡し終え、戻る。
ふと、向こうはまだ届けてないんじゃないだろうかと思った。俺に取って楽勝な事でも、彼女は片道ですらあんなに苦しんでいた。歩いていれば良いが、真面目に走ったとすると最悪怪我をするかも知れない。怪我されて、オリエンテーションが延びるなんて最悪のシナリオだ。ふぅと息をつく。体力的には問題ない。乗りかけた船だ。確認の意味で彼女と合流しよう。
いち早く、合流地点を越え、彼女の目的地へ向かう。その道程で彼女は気に手を付いて倒れ掛けていた。真面目すぎるのも考え物だぞ。
「大丈夫か?」
出来るだけ、相手の神経を逆なでしないように声を掛ける。よく見てみると結構可愛い女の子だ。人気があったりするんだろう。まぁ、俺にはあまり関係ない話しか。
「あれ?もう届け終わったの?」
「俺の道は大したことなかったからな。それより無理はするな。ふらついてるぞ。」
そう思ったとき、彼女はふらっと揺れた。おいおい、担任はこんな状態になるってのを分からないで頼んでるのか?担任なんだから生徒の能力と性格ぐらいしっかりと把握してろよ、全く。
俺は彼女を支え、持っていたスタンプを奪い取り、彼女をゆっくりと座らせた。
「これは俺が渡してくる。ここで待ってろ。」
面倒ごとになる前に俺がやった方がずっと速い。彼女が何か言う前に俺は走り出し、目的地に着く。さっきの女の子はと聞かれたが、ちょっと疲れてたみたいなので代理で来ましたと言って、渡した。そしてもう始めるように言ってくださいと言って、彼女の元へと走った。
「ゴメン。」
彼女が開口一番謝った。効率を重視しただけだ。責めるところがあるとしたら責任感のある性格か、体力不足だろう。そしてそれらは責めるものではない。
「気にするな。っで大丈夫か?」
「あっ、うん。もう少し休めば良いと思う。」
「恐らく今頃スタンプラリーが始まっただろう。しばらく休んで合流することにしよう。」
俺ならば戻ることも出来るが、彼女一人を置いていくのも気が引ける。杏か杉並ならば担任達の情報から俺の場所を推測することが出来るだろう。俺も俺で疲れているし、ちょうど良いと言える。
「わざわざゴメンね。」
彼女の笑顔はぎこちない。そんなに気にしないでもらいたいな、本当に。
「こっちこそ勝手にスタンプラリーを始めさせた。お互い様って事で謝らないでくれ。」
誰かが聞いてたらもっと他に言い方があるだろうって言うだろうが、正直どうでも良い。
「ありがとう。私、白河ななか。君は?」
「俺は相沢祐一。」
「相沢祐一!?」
白河と名乗った少女が俺の名で大きな声を上げる。有名になり過ぎだ、俺。
「じゃあ、もしかして月島小恋って女の子知ってる?」
「小恋とは同じグループだ。」
そう言って、小恋って呼ばない方が良かったかも知れないと気付いた。出会って二日で名前で呼んでるなんて邪推されるようなものだ。誤解されたら謝っておこう。
「へぇ〜、君が相沢祐一君か。小恋から聞いてるよ。私達が思ってるような男の子じゃないって。」
どんな紹介だよ、小恋。でも小恋がそんなことを教えるぐらいなんだから相当親しいんだろうな。
「まぁ、問題児で入学した身だから入学式での宣誓をイメージしてるとは違うだろうな。白河さんは小恋と親しいのか?」
「親しい、親しい。親友だもん。」
「そっか。じゃあ、義之とも?」
「あ〜、義之くんはそうでもないかな。小恋とは学校が違ったから面識はないよ。」
だから今まで会わなかったのか。納得だ。
「そうそう私のことは『ななか』で良いよ。」
「なら俺のことは祐一って呼んで良いぞ。」
「ありがとう。じゃあ、はい、握手。」
まぁ、握手を断る必要性なんてないだろう。握手をすればある程度身体的特徴が分かるし、ほんの少しであるが人となりを感じることが出来る。
ななかと握手する。結構運動できるっぽいけど、運動やってる感じじゃない。そう言えば小恋が知り合いの影響で始めたベースってのはななか何だろうか。でも手を見てる感じ、小恋ほど楽器をやってる手じゃない。ちょっと考えても分からないな。まぁ、こうやって握手を求めてくる人間ってのは少ないし、人と接触を持とうとする事は人として大切な事だ。いい人なんだろうな。
「えっと....祐一君って思ったより手が硬いんだね。」
握手をした後、何故かななかの顔は赤かった。小恋と同じで天然なのだろうか。いや、そんな組み合わせが上手くいくとは思わない。気のせいなのかもな。
「色々やってるからな。でもそんなに意外か?」
「えっと...何というか。」
この流れは知っている。
「女顔か。」
どうやら俺は大人しい子に見られているらしい。杏が言うには男の子の格好をしていても人によっては女の子として見てたかも知れないとのこと。身体的特徴に目がいくのは仕方がないことだ。責めることは言いたくない。
「第一印象なんてそんなもんだよ。俺だってそういうのあるから。」
「そっかありがとね。」
嬉しそうに手を握られる。ほんとにコミュニケーションが好きな女の子だな。なんだかこんな可愛い子がって感じで誤解しそうな男どもが多そうだな。そう言うのに勘違いされるんじゃないかと思うと気の毒にも思える。彼女にはずっとこんな人間であって欲しいな。
「あはは。」
ななかの顔が赤い。恥ずかしいなら止めればいいのに。
「祐一く〜ん、ななか〜!」
小恋の声だ。さてとオリエンテーションでも楽しむことにするか。
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