KanonをD.CU〜音姫編-雪と花の出場〜







 「相沢。」



 授業が終わると同時に杉並に声を掛けられた。この前のムー議論の続きだろうか。



 「何だ?」

 「ちょっとここでは話しづらい。悪いが歩きながらで頼む。」

 「了解。」



 どうやら俺好みの面白いことに関わっているらしい。俺は笑みを隠すのがやっとと言った顔で教室を出る。



 「っで何の話だ?」

 「クリパの話なのだが。」



 クリパとはクリスマスパーティーの略でこの学校の三大祭りの一つだ。文字通りクリスマスが近いので、学祭とは違ったムードで楽しめる。

 祭りとなれば杉並を初めとした三馬鹿とこの俺の活躍の歴史と言える。最近は音姉が生徒会長と言うことで義之と俺は活動を自粛している感じだが、義之はともかく俺は全てが駄目だとは思ってない。迷惑を掛けすぎないようにやるのならば構わないし、兎に角面白いことをやるのは楽しいと思ってる。



 「何か予定があるのか?」

 「恒例のクイズ大会のお誘いだ。」



 クイズ大会。それは賭け事の別称だ。学生生活あるまじき行為として生徒会に完全にマークされてるイベントだが、マークが厳しすぎる故に地下へと潜った。今では絶対に信用出来る人間だけで開かれているという。もちろん、仮にも生徒会長の家族である俺は地下に潜ったこのイベントに全く関与してない。と言うかお金にはあまり興味ないので個人的に興味がないイベントとも言える。



 「内容によっては関わってやらなくもない。」



 クリパでクイズ大会というのは今までになかった。体育祭ならではのイベントというのが強い。そんなクイズ大会をクリパ、しかもクイズ大会から最も遠い俺に来るのだからそれなりの訳があるに違いない。関わってやらなくもないと言ったが、杉並の性格からして関わらせてくるような提案があるのは読めていた。



 「お前にしかできないことだ。」



 基本的の俺の役割は俺にしかできないものばかりだ。それでも無茶なものばかりなのが面白い所だ。



 「お題は手芸部主催のミスコンだ。」



 賭け対象はミスコンか。クリパ恒例のミスコンは手芸部が作った衣装を着て行う歴史あるミスコンで、ミスコンでありながら女の子も積極的に参加するイベントでもある。



 「手芸部からの依頼でもあるんだが、今年一番のドレスに見合う人物に参加して欲しいそうだ。」



 大人気企画であるが、当然そう言うのが嫌いな人も多く、俺の近くにいる女子達は全く参加したことがない。と言うことはそれ関係か。



 「杏は止めた方が良いぞ。サイズ特注は大仕事だし、イメージが違うぞ。」



 杏も自分で言うと思うが、杏がドレスを着るとお人形のようで、ミスコンのようなイベントにそぐわないのだ。まぁ、それはそれで人気なのだと思うが、やっぱ出るからには優勝して貰いたいので、勝機が微妙なのは進められない。



 「お前には残念だが、雪村ではない。」

 「何が残念だが気になるが、そうなると茜か?茜も止めておけ。アイツ、嫌いなことに対してのテンション低いから、下手すると台無しだぞ?」



 茜はスタイル良いのでドレスは非常に似合うと思うが、どういう訳か茜は自分自身を売り出すような事が嫌いで、昔から人の後ろでマイペースでやる人間だ。イベントごとにテンションが低いから勧められないと言ったが、個人的に茜には茜のペースで生きてて貰いたいという願望が強い。と言うか、俺って茜に甘いな。



 「残念だが花咲ではない。」

 「小恋とかななかなら義之が良いぞ。俺から頼んでも正直微妙だ。」



 杏と茜でもないとなると、小恋やななかだろうがこの二人はどちらかと言えば義之や渉の方が付き合いが長いので効率を重視する俺としてはやりたくない。

 ふふふと杉並が笑ってる。ことごとく俺の読みが外れてるという訳か。



 「お前に説得を頼みたいのは雪村でもなければ花咲でもない。まして月島や白河ではない。今年の目玉はより強力な人間にやって貰いたいとの話だ。」



 より強力な人間か。雪月花やななかの参加は相当インパクトあるが、それ以上となるとちょっと思い当たる節がない。



 「っで誰なんだ?」



 回りくどいのは嫌いだ。時間もないからさっさと言って欲しい。



 「ここの生徒会長だ。」



 はっきりと聞こえたが、もう一度聞いておこう。何事にも確認は必要だ。



 「音姉か?」

 「その通りだ。」



 杉並はあっさりと言ってくれた。俺は何度も言葉を思い返しては悩み、考える。



 「念のために聞くが、音姉に間違いないんだな?」

 「手芸部は未だかつて成功したことがないそうだ。」



 そりゃ、音姉はこの手のイベントに積極的に参加するタイプじゃないし、早くから生徒会に関わってたから参加してる暇もなかっただろう。手芸部が音姉の参加を打診するのも分かる気はする。美人で器量良しの完璧超人である音姉が参加せずして何がミスコンだと思ったりする。でもこりゃ無理だろ。去年や来年ならいざ知らず今年は生徒会長だ。クリパは学校を挙げてのイベントだから生徒会は忙しいぐらいだ。元々今の生徒会は完璧な音姉をまゆきさんがサポートして成り立ってるから、どちらかが抜けると結構滞りがあると思う。と言うかそれが狙いか。



 「杉並。俺はお前のイベントには理解ある方だが、音姉に迷惑をかけるのだけは参加しない。いいや、場合によっては許さない。」

 「勘違いするな、相沢よ。クイズ大会は朝倉姉などいなくとも完遂させる。それにミスコン中は我々も休戦とするつもりだ。」



 ミスコン中は、な。他にもまた色々やるのだろう。そちらに誘われないところを見ると、俺を関わらせたくない何かがあるか、単純にクイズ大会が大きいイベントなのか。どちらにせよ、まだ話し合う余地はある。



 「念のために聞くが、仮に音姉が参加するとしてその隙を狙ったなんてことを考えてたらどうなるか分かってるんだろうな?」

 「ふっ、お前を敵に回すときは総力戦を覚悟するときだけだ。安心しろ。総力戦は未だに先延ばしだ。」



 未だにってのがやたら気になるが、とりあえず嘘はついてなさそうだ。そうなるとちょっと真意が気になる。



 「っで音姉を参加させる理由は何だ?」



 手芸部から頼まれただけではないことは確かだ。そもそもクイズ大会を開くのに、音姉が参加しては本命に集中しすぎて成立しない。大穴を狙うと言う馬鹿も多いのかもしれないが、元締めは集中させないようにするものである。



 「ふっ、お前に隠すのも無駄だな。実はこちらも隠しだまを用意してある。」

 「音姉に釣り合う女の子なんていないだろ。」



 身近にいるからこそ分かる完璧超人ぶり。まぁ、完璧超人状態の音姉と付き合うのは少々堪えるが、それを差し引いても魅力的な女性だと思う。俺も結構いろんな女性を見てきたが、あれほどの魅力を持った人は早々お目にかかったことはない。



 「ふっ、お前は時折とてつもなく鈍い。朝倉姉に負けず劣らずの美少女がいるだろうが。」



 鈍いと言われるのも少し腹立つが、それよりも音姉に負けず劣らずの美少女と言うのに興味がある。誰だろう。



 「誰だ?」

 「私よ。」

 「はいは〜い、私も。」



 その声は後ろから聞こえた。



 「杉並、もっと穏便にしないと怪しまれるわよ。」

 「ま、怪しくなかったら杉並君じゃないけどねぇ。」



 杏と茜がいつの間にか俺の後ろにいた。聞き間違いでなかったら二人は参加するらしい。一瞬思考が停止した気がするが、何とか動き出す。



 「お前ら参加するのかよ。」



 幼馴染の俺ですらその事実に驚く。さっきも言ったが二人がミスコンなんてまったく似合わないのだ。



 「朝倉姉とは一度正面でやりあっておこうと思ってね。過去何度か苦汁を嘗めさせられたのだし。」

 「そうねぇ〜、ちょっと色々あったよねぇ。」



 二人はいつもどおりのやりとりだが、間違いなくやる気だ。杉並がポンッと俺の肩をたたく。



 「二人の参加はすでに手芸部の方に伝えてある。花咲も参加しての作業となり、すでに大きな動きとなっている。そこでお前が一石投じろ。お前だって幼馴染のどちらかが勝った姿など見たくないだろ?」



 杉並の声が頭の中で響く。俺は正直二人のどっちかが勝った姿は見たくない。二人ともとても魅力的な人間であり、それをよく知りもしない人間によって勝手に評価されること自体俺は好きじゃない。もはや二人のやる気からして止めても意味がないだろう。するともしかしたら二人のどちらかが勝って、どちらかが負けるかもしれない。それを見た俺はどう思うのだろう。納得できる、出来ないのどちらにせよ、俺はその結果に少しでも納得しようとした自分が許せないだろう。でもそこまで考えて俺は思う。こんな考えこそ本当は恥ずべきものなのではと。



 「音姉が参加しなかったら出ないのか?」



 それが目的ならば俺が誘わないと言うだけで一気に減少する。だが俺はその答えの先を知っている。でも聞かずに入られなかった。



 「出ようと出まいと出るわ。」

 「でも出てくれた方が嬉しいよねぇ。」



 二人は俺の性格を熟知している。端から音姉が参加しなくても参加する意思を固めてた。俺は大きくため息をつく。俺の独占欲丸出しの心で二人を縛ることだけはあってはならない。もう俺たちは子供じゃないのだ。二人の好きにやらせるのが幼馴染たる俺の役割だ。



 「分かった。出来る限りの説得を約束する。」



 それが俺の決断だった。



 「そ、今年のクリパは楽しめそうね。」

 「音姫さんにはお似合いのドレス作っておくからねぇ。」



 二人はそれで満足したのかさっさと教室に戻っていく。そろそろ時間だ。俺たちも戻った方がいいだろう。



 「乗ってきたのは雪村と花咲の方だ。その意味を少しは考えろ。」



 杉並の言葉が妙に頭に残った。