KanonをD.CU〜音姫編-天才というか女たらし〜






 「それはそっち!あっ、はい。その書類はすぐにまとめておきます。それより例の件を進めておいてください。ってそっちじゃないって!ああ、もう今行くから待ってて!っと今のはこっちの話しですから。また後で連絡します。」



 携帯電話を切って、全速力で走る。



 「相沢さん、それ一人じゃ無理ですよ。」

 「無理無茶なんて聞いてられるか。」



 役員が持ってたのを奪い取り、さっさと運び、置いたと同時に固定する。



 「お〜。」



 みんなが拍手をする。いや、これぐらい大したことないからさっさと動いてくれよ。



 「やっぱり杉並の言った通り、今期は音姉とまゆきさんのツートップで成り立ってるんだなぁ。」



 音姉があんな状態で滞った仕事を俺は何故かやらされてる中、生徒会役員のえんま帳なんて付け始めた。戦の基本は敵を知ることにある。ここで付けたえんま帳が後々に絶対役に立ってくるだろう。



 「やっぱ、弟君が動くと違うわ。」

 「お疲れ様です。」



 まゆきさんに挨拶しておく。と言うかこの人はこんなに俺を働かせてどう言うつもりなのだろう。確かに音姉をあんな状態にしたのに責任を感じているが、だからと言ってこんな仕事をする義理はないと思う。

 だいたい最近昼も働かされるものだから杏はもの凄く不機嫌で、そのご機嫌取りで夜がやたら忙しい。俺ってそろそろ死ぬかもな。そんなことを思ったりもする。



 「調子はどうなの?」

 「この件は今日中で終わります。それとこの前の話しですが、別の人に進めて貰ってます。担当者の能力を鑑みると明日にはまとまって明後日からは行動に移せると思います。」

 「問題はないの?」

 「3件ほどありましたが、全て適切に処理しました。後で報告書を上げておきますので、目を通した後に所定の欄を埋めておいてください。」

 「了解。」



 まゆきさんはやたら嬉しそうだ。そんなに俺が働いてるのが嬉しいのだろうか。茜も杏も俺を働かせるの好きだったからな。俺って使いっ走りにすると滑稽な存在なんだろうか。ちょっと嫌だな。



 「しっかし弟君は付属生とは思えない手際の良さだね。こういうのってよくやってるの?」

 「まぁ、一応祖父に似たようなことやらされてきました。でもこういうのって積み重ねだと思いますよ。知ってる先輩達が後輩達を教えていくスタイル。これに対して不満を上げるとしたら過去やったことに対しての目的、マニュアル、結果、反省がデータ化してないこと。俺はどっちかというと形から入っていくタイプですから、そう言うのがないってのはちょっと嫌ですね。」



 何か新しいことをやるにも過去を振り返るのが俺のスタイル。それに俺はどちらかと言ったら新しいことがパッパと浮かぶタイプじゃないので、誰かが新しいことを考えたならそれが成功するように考えさせるタイプなのだ。



 「全くないって訳じゃないんだけどね。」

 「形式張ったのじゃないのも大切ですよ。好き嫌いとかざっくばらんなのも大切なデータです。」



 そのときどう感じたかってのは大事なデータだ。好きとか嫌いって言うこと自体おかしいって言う人はいるけど、俺はそうは思わない。漠然とした嫌いにもそれなりに理由がある。それを理解しようとすることが大切なのだ。



 「二人ともそっちはどうなった?」



 まゆきさんと今後の動きを打ち合わせしてると生徒会室で書類関係をやってたはずの音姉がやってきた。音姉は走ってきたのか、俺達の目の前に来たときには少し息が上がってた。



 「弟君のおかげで万事問題なし。」

 「そうやって適当にやるのは止めてくださいよ。」



 なんでもそうやってやられるのは迷惑以外何でもない。やはり何でも出来るって思われるのは良い事なんて全くないな。今度からちょくちょく誤解を解いていくことにしよう。



 「それで本当のところはどうなの?」

 「後で報告書を提出するけど、ほとんど問題はない感じだ。強いて言うなら少し休みをやった方が良い。時間がないって言うけどこの調子なら結構余裕がある。テストも近いし、どうだろう?」



 完璧超人の音姉や適当にやってもそれなりの順位の俺は特殊な部類だ。みんな勉強しないと大変な成績になってしまう。



 「勉強なんて毎日の積み重ねなんだけどね。」



 そんなの通じるのはごく一部しかいませんから。まゆきさんなんて全く頭に入ってなかったのか、指を折っては頭を抱えてる。また泣きつかれるのだろうか。音姉に心配掛けたくないからって後輩を頼りにする先輩ってどうなんだろう。



 「じゃあ、明日は軽い打ち合わせで終わらせましょう。弟君、明日の打ち合わせ用のレジュメってすぐに作れる?」

 「どうせ作るならこの後の会議の後の方が作りやすい。」

 「じゃあ、すぐに会議を始めましょう。まゆき、すぐに集めて。」

 「はいよ。」



 まゆきさんが嬉しそうに役員の人たちを集めに行く。と言うかもはや音姉も完全に俺を戦力としてみてる。



 「こうやっていつの間にか組み込まれて行っちゃうのかな?」

 「ん、何か言った?」



 首を傾げる音姉に言ったところで何にも変わらないだろう。生徒会の仕事を手伝うのはこの卒パで最後にしよう。そう堅く心に誓った。






 「お前って天才って言うか女たらしだよな。」

 「喧嘩を売るなら相手ぐらい考えた方が良いぞ。」

 「このラブルジョワめ!」



 とりあえず当て身を喰らわせておく。渉は顔を真っ青にして倒れるが、その内起きるだろう。



 「でも事実ではあるわな。」



 杉並が渉に同意するのは珍しい。こいつは俺と敵対することはほとんど避けてきたからな。



 「何だ、お前も真っ青な顔で気を失いたいのか?」

 「俺は事実をお前に伝えただけだ。そこの男と一緒にしないで貰いたい。」



 渉とどう違うのかよく分からないが、向かい側に座ってる杉並の気を失わせるのは面倒なので止めておくとしよう。

 すると義之がくすくす笑い出す。同性より異性の方が仲が良い義之に笑われるとは屈辱的だ。



 「お前が笑うな。」

 「笑うなって無理だろ。だってさ、お前が杏と茜と付き合ってるってみんな知ってるのに未だにラブレターが届くんだろ?渉の言ってることの通りじゃないか。」



 確かに義之の言う通り、茜と杏と付き合ってるのが知られてるのに未だに、いや知られてから一層増えた。前までとりあえず読んでから放置してたのだが、最近は読まないで捨てることにしてる。それでも不意に呼び止められては告白されるのだから嫌になる。



 「お前らにだから言うけど、杏はああ見えて嫉妬深くてな。ラブレターぐらいなら良いんだけど、最近は所構わず告白してくる子がいてさ。機嫌直すのに苦労してるんだ。」



 今も昔も苦労が絶えない。たまにこうやって男友達と集まるのも愚痴を聞いて貰わないと厳しいからだ。



 「仕方あるまい。学園の誇る綺麗どころを2人も擁してるのだ。男どもに嫉妬を浴びることぐらい覚悟してたのだろ?」

 「女の子に大っぴらで告白される覚悟はしてない。」

 「2人も擁してるのが問題なのだ。めったに味わえない背徳感に淡い期待が少年少女の心をくすぐるのだろう。」

 「少年?」

 「ラブレターの中に男が混じってるのは我が非公式新聞部に報告されてる。」



 恐るべし、非公式新聞部。今度からラブレターを処分する場所を考えよう。



 「しっかし名も知らない人間なんてどうでも良いけどねぇ。」



 俺は慕われたところで全然嬉しくない。むしろ学生なんだからそんな暇があるなら勉強でもしてろと言ってる。



 「ちなみに今月の告白者が多いのは生徒会の活動で知名度が上昇したからだ。」



 そう言えば見たことある人がいると思ったら、活動で見たことある人だったのか。活動に支障を来さないように気を配っておく必要はありそうだな。



 「そう言えばお前、結構色んな人に知られてるぜ。俺も色々訊かれたし。」



 渉が復活した。渉は交友関係が広いから俺のことを訊かれることも多そうだな。



 「告白したらトラウマになるようなこと言われるって言っておけ。」



 正直、魔術にでも頼ろうかと思ってるぐらいだ。まぁ、害を為さない限り使う気はないが、それだけ鬱陶しいって事だ。



 「それはそうと卒パは何をするんだ?」



 今日集まったのは卒パで何をするか訊きたかったからだ。



 「お前、生徒会側だからマズいだろ。」

 「正規じゃないから良いんだよ。」



 むしろ今回こそ一番出し抜けるチャンスだ。杉並的にもこのチャンスを逃すはずがない。



 「俺としては特に考えてない。万が一お前に動かれては出来ることも出来なくなるからな。」

 「だな〜。音姫さんとまゆきさんに相沢まで加わっちゃ一網打尽だよな。」



 まぁ、本気を出せばそうだろう。でも杉並だけは捕まらない気がする。



 「祐一は何か考えてないのか?」



 珍しく義之が振ってきた。いつもだったら止めておけとか言うのに珍しいな。



 「そうだな。俺が考えた訳じゃないんだけど良いのがあるんだ。」



 鞄より企画書を取り出し、3人に配る。俺はと言うと全部頭に入ってた。



 「花火か。」

 「何というか定番と言っちゃ定番だな。」



 そう、俺は卒パの最後に花火を打ち上げようと言うのだ。過去生徒の誰かが同じようなことをしたことがあるのだが、その後生徒会主導でやろうって上がったのだが予算の関係上頓挫してたのを引っ張ってきたのだ。



 「でも花火となると金がかかるぜ?杉並、お前の方は予算あるのか?」

 「板橋、よく見てみろ。相沢が予算を書いてあるだろ。」

 「あっ、本当だ。っで一、十、百....って一千万超えてるぞ!」



 当然だ。1000発打ち上げるんだから。でも結構安く仕上げたんだぞ。



 「スケールが違うな。」



 義之は真面目な顔で読み進めていく。さて杉並はと言うともう企画書を置いていた。



 「すでに方々には話しをしてある。意外と商店街の会長と市長が乗り気でな。ほら桜が枯れてこの島も観光地として苦境に立ってるだろ?やるんだったら力を貸してくれるって言うんだ。」



 むしろ乗り気というかやる気って感じだった。杉並や渉もそうだが、ここの人間は元来お祭り好きなのかも知れない。



 「どこから金が出てるんだよ。」

 「もちろん、商店や企業からだ。ちなみに一応1000発って事になってるが予算次第で少なくなったり多くなったりするだろう。その辺は臨機応変だ。」



 この島の主要産業は観光なので、おおよそ乗ってくるとは思うが、何せこの手のことは難しいものであるのは言うまでもない。



 「これって学園主催って事にするのか?」

 「流石に主催ってのは無理だと思う。上手くいけば学園の卒パを締めくくるように残していける感じだ。ただ今回だけはサプライズでやろうと思ってる。だからスポンサーは限定してるだろ?」



 情報漏洩を危惧して、結構大きめの企業が中心だ。



 「本当だ。ってかお前の企画って金掛かるな。」

 「そう褒めてくれるな。っでどうする?」



 やる、やらないはここにいるメンバー次第だ。いくら俺でもこれを一人で進めていくのは時間的に厳しい。時間はあと僅かしかない。



 「俺は賛成だ。」



 最初に乗ったのは義之だった。



 「俺も良いぞ。一千万使った企画に触れあってみたい。」

 「相沢の本気とやらを手助けするのも一興か。」



 どうやら全員参加のようだ。流石、三馬鹿。



 「っで俺達は何をすれば良いんだ?」

 「そうだな。まずは杉並は企業の方を回ってくれ。もう話しは通してあるから後は具体的にいくら出してもらえるかのツメになる。交渉は商店街の会長とやってくれ。」

 「分かった。」

 「じゃあ、これアドレスな。」



 俺は杉並に会長のアドレスを送る。



 「渉は企画に不備がないか詰めていって欲しい。これは市役所の方に担当の人がいるらしいから市役所に行ってくれ。」

 「了解。」

 「義之はさくらさんのパイプ役だ。渉から来た企画書が可能かどうか詰めていってくれ。」

 「分かった。」



 これで上手いこと回っていくはず。何気にこのメンバーは企画力、実行力はずば抜けてる。



 「祐一は何をするんだ?」

 「俺は基本的に全部に関わっていくが、生徒会の仕事を手伝ってるからこの情報の流出状況の確認が主な仕事になっていくだろう。」



 今回ばかりはサプライズと商店街会長にも市長にも言ってある。つまりいかに生徒達に悟られないかが今回の一番の肝だ。



 「よっしゃ〜、盛り上がってきたぜ。こうなったら絶対成功させるぞ!」

 「オー!」



 渉の一声にみんなで答える。今回は上手くいけば来年の音姉の卒業式にもやってもらえる。もし失敗したとしてもこれを反省として次に繋げることが出来る。

 でもやはりやるからには成功しか考えない。絶対に成功させよう。