KanonをD.CU〜音姫編-幸せと不幸〜
今日は卒業式。もちろん、卒業生に知り合いなどいない俺にとっては卒業式より卒パの方が重要だ。すでに花火の方は企画など全てを通し、後は実行を待つだけである。俺らはこのサプライズを後数時間バレないようにするのが最後の仕事だ。
「弟君、本当に何も知らないんだな?」
あまりに完璧すぎた情報規制が逆に俺の首を絞めていた。杉並が大人しすぎるという理由で俺は生徒会に拘束されていた。
「勘弁してください。仮にも生徒会で活動してるんですよ?」
「逆にそれが怪しい。生徒会の正規メンバーじゃないって事で情報を流してるんじゃないの?」
鋭すぎる。確かに今回は俺の立場を利用させてもらった。それを悟らせないようにしてたのに気付かれるとは高坂まゆき、恐るべし。
「まゆき、弟君はそんなことしないよ〜。」
ごめんなさい、音姉。ばっちりしてました。
「まぁ、今日は三馬鹿に監視を付けてるから万が一に対応出来るから良いけど。問題は弟君なんだよ。学園の天才の動かれちゃ家の精鋭でもどうしようもないからね。」
すでにえんま帳には生徒会に関わった人間全ての能力が書き込まれてる。それを元に動けば逃げる事なんて楽勝だ。
「と言う訳で音姫、弟君の監視ね。」
「なっ!」
解放されると思いきや、監視されると言われれば誰だって驚く。しかもその監視者が生徒会長となれば驚きは2倍になる。
「何?音姫じゃ不服なの?」
「そうじゃなくて生徒会長でしょ。職務放棄させてどうするんですか。」
総責任者を放棄させるなど聞いたことない。でもまゆきさんはやたら自信たっぷりに笑う。
「策士策に溺れるってね。弟君が頑張ったおかげで音姫がいなくても今日は大丈夫なの。」
「んな、馬鹿な。ちょっと音姉、どうにか言ってよ。」
もはや話しにならないまゆきさんと話してられない。音姉はと言うと先ほどから随分と何か考えてるようだ。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。みんな、大丈夫でしょ?」
まゆきさんが訊くとみんなが口を揃えたように大丈夫という。こいつら、正気か?思わずにはいられない。
「分かった。みんながそう言うのなら私がやるね。」
それってどんな空気だよ。音姉の言葉にみんながみんな拍手する。結局、どんなに言っても理解してもらえず俺はずっと音姉と一緒に過ごすこととなった。
「それで久しぶりに3人で過ごせると思ったら音姫さんもいるって訳ね。」
杏は不愉快とはいかないものの、この状態に少々納得がいってないようだった。
「まぁ、記憶があった頃はこんな感じだったんだろ?」
「そうね。祐が女にだらしないのは今に始まった事じゃないもの。」
地味に心をえぐるようなことを言ってくる。でも言葉に割に少し嬉しそうだ。なんだかんだ言って杏は音姉のことを心から嫌いって訳じゃない。むしろ人嫌いの杏があれほど感情を出したのは認めていたからだと思う。
「弟君、ガレットだって。」
「おっ、そりゃ、珍しいな。」
音姉に呼ばれ、すぐに追いつく。お世話になってるから奢ろうと思ったら何かただでもらえた。そしてこれを引き金としたかのように俺の両手には瞬く間に模擬店の出し物で一杯になった。
「祐が側にいると食いっぱぐれないわね。」
「ああん、これ絶品。」
杏と茜は美味しそうに食べていく。何でこうなったかよく分からない。今度からもう少し人の顔を覚えておくことにしようと毎度の事ながら思った。
「弟君、ちょっと待って。クリーム付いてる。」
「何処?」
「動かないで。すぐに取るから。」
音姉がハンカチを取り出して、俺の顔を拭く。周りから口笛が鳴る。気にしない、気にしない。
「ありがとう。」
「食べにくいのは分かるけど気をつけるんだよ。」
音姉はそう言って嬉しそうに笑う。音姉は素で美人なので裏がない笑顔を見ると見とれてしまう。
「あ〜、見とれてる〜。」
「記憶が欠落してる癖にそう言うところは変わらないのよね。」
二人が茶化してくる。音姉は何を言ってるか分からないので、首を傾げてる。仕方ないだろ。俺だって男なんだから。どうせ美人に囲まれてても見とれたりしますよ。
「っと杏、そろそろ時間だよ。」
「そうね。体の良い監視がいるのだからクラスの出し物でも頑張りましょ。」
どうやら杏達の自由時間はお終いらしい。俺はと言うと生徒会で働かされるだろうって事で全くシフトに入れられてない。どうせなら働こうと思ったが、音姉を見てみる。俺が見とれてるとか言われても全く理解してない音姉。当然のことだから、この人は一緒に働こうとするし、その理解出来ないような天然ぶりでこちら困らせてくるだろう。
「頑張って来いよ。」
「はしゃがないようにね。」
どういう訳か釘を刺される。そもそも何をはしゃぐというのだろう。この人を連れた状態で。
「弟君はクラスは手伝わないの?」
「基本的に自由時間なんだよ。」
音姉は分からないって首を傾げる。あなた達が働かせてくれたもんだから、みんなが察したんですよ。まったく、何でこういうところも鈍いんだろう。
「音姉、どっか行きたいところある?」
「う〜ん、とりあえずみんなが上手くやってるか見ておきたいかな?」
「なら回っておこう。俺もこうなった責任あるし。」
何かあって責任転嫁されるとは思わないが、何もないって事はないと思う。それに責任感の強い音姉もそうすることで安心すると思う。
そう言う訳で音姉とこっそり生徒会を見てみることにした。
「音姉、あまり顔を出すとバレるよ。」
物陰からまゆきさん達を見る訳だが、音姉は先ほどからじっと見てる。これじゃあ、隠れてるって感じはしない。でもそれぐらい心配だったのかも知れない。
「弟君、みんなの動き、どう思う?」
「そうだな。良くやってると思う。ちゃんとやることやってるし、緊急時の対応もスムーズだ。」
意外と言えば意外だ。ツートップの一人が欠けた状態でここまで動けるなんて想像もしたことなかった。
「うんうん、みんな頑張ってるね。」
音姉も満足そうに微笑む。立派に育ったってな感じだろう。この調子なら音姉の次の期もしっかりとやれるだろう。もちろん、俺達を押さえ込めるとは思わないが。
「音姫、隠れるならもっとちゃんと隠れなさいよ。」
俺達が笑いあってるときに見つかった。あははと二人で笑いあい、心配だったからととりあえず現状を確認することとなった。
予想通り完璧に近い状態だった。俺はとりあえず今後の流れとその中で起こるだろう緊急事態のシミュレーションをして、終わらせることにした。ここまで出来てるのなら俺なんていなくとも出来るだろう。そもそも俺がいること自体、おかしいのだ。
俺はさっさと話しを終わらせたが、音姉はまゆきさんと話し込んでる。せっかくなので軽くひとっ走りして差し入れでも買ってくる。二、三回ぐらい往復して一息ついたとき、まゆきさんが何故か怒っていた。
「弟君はみんなのために動いてただけなんだけどねぇ。」
漸くまゆきさんに解放されると音姉は笑ってた。何だか、今までのこと全て怒られて、恐ろしく疲れた気がする。
「音姉は随分とまゆきさんと話し込んでたけど、何を話してたの?」
仕事のことにしては長く、それに随分と色んな顔をしてた。
「し、仕事のことだけだよ。」
明らかにそれだけでないことは分かる。変に正直すぎるのが音姉の長所であり、短所でもある。
「そ、それよりほら体育館行かない?ダンス大会の確認がしたいの。」
妙に動揺した音姉が力一杯引っ張り始める。そんな音姉の手は温かくて、ちょっと恥ずかしかった。
「何だか楽しかったね。」
ダンス大会に行くとみんなに踊らされ、まぁ、仕方がないと踊っているといつの間にか二人しか踊ってないんだから驚いた。こういうのは慣れてるから構わないのだけど、音姉が過剰なまでに反応して、逆に恥ずかしい思いをした。それから色んな所を回り、遊び、俺達は屋上へとやってきた。
音姉はまだ賑やかな下を見ながら嬉しそうに笑った。楽しかった。それは本心から言える。何故か茜と杏と合流出来なかったけど、そんなの忘れてしまうぐらい楽しかった。
時計を見てみる。花火が打ち上げられるのまでもう少しある。屋上は万が一もあるから使用禁止にした方が良いのでは、と話しもあったことだし、ロックでもしておこう。俺は音姉に怪しまれないようにこっそり鍵を閉めた。
「ん、どうしたの?」
「何でもないよ。」
「そっか、どっか行くのかと思った。」
音姉を一人にしてどっかに行く訳ない。俺も鈍感ってよく言われるけど、音姉の方がずっと鈍感だよな。祭りの屋上、しかも夜となれば告白する場としては超人気スポットだ。こんなところに連れて来られれば普通の男は勘違いする。
どうせ俺はこの人にとって弟なんだろう。随分と意識したときもあったが、そんな素振りは一つもなかった。でも逆にそれが嬉しいとも思った。俺は一人っ子で、祖父の後継者って事もあって家では特別扱いだった。だから音姉が本当のお姉さんのように思えて、それが何より嬉しかった。
「あのね、訊きたいことがあるんだけど良いかな?」
音姉がちょっと真面目な顔で訊いた。真面目な話しか。何だろうな。
「俺が答えられるものならいいよ。」
「ありがとう。それじゃあ、訊くけど記憶って本当にないの?」
真面目な話しと思ったらそっちか。でもこの話題は互いにずっと避けてきた。個人的に全く覚えてない状態で、関係を元に戻したかったからこのままで良かったのだが、ここが年貢の納め時って奴なのかも知れない。
「俺の記憶は義之を存在させるために消えた。思い出せないとかそう言うのじゃない。俺の記憶は俺自身にもこの世界にも存在しないんだ。」
俺の記憶はこの世には存在しない。しかしながら茜が俺の視覚情報だけは持っていた。だからどんな生活をして、どんなものを見てきたかは知っている。しかしそこに俺が持った感情はない。流石の茜もそれは分からないと言っていた。
「どうやったか教えてくれる?」
「祖父の魔術なんだよ。記憶などの高密度情報を存在へと換える魔術。分かり易く言うなら思い出を代償にして、それを存在させることが出来るって魔術だ。」
存在させるって事は人ならば生き返らせ、物ならば治す。魔術の世界は常に等価交換である。本来ならば人一人存在させる代償は大きすぎる。今回は桜の魔術に乗っかっただけだからあれだけで済んだのだと言える。
「弟君は知っててやったの?」
「全てを失う覚悟で行ったって聞いてる。全てを失わなかったのは不幸中の幸いだったな。」
不幸中の幸いとしか言うことしかできない。全ての記憶を失っていればここまで記憶を取り戻そうって気も起きなかったと思う。音姉には悪いがこれで良かったのだ。
「そっか、もしかしたら思い出してるのかって思った。」
音姉の表情が陰る。久しぶりに痛みが走った。分かってる。こんな顔をさせるためにあんなことをした訳じゃないんだって言うんだろ。俺だってそうだ。哀しませるために話してる訳じゃないんだ。
「でも俺はどんな生活をして、どんなことを見てきたかは知ってるよ。朝までずっと仕事してると音姉にバレて、怒られて、でもとても心配してくれた。体調を崩して寝込んでるときに面倒見てくれたことも知ってる。確かに記憶はない。俺が持っているのは他人が持っていた視覚データだけ。でもどんな気持ちになるかぐらい分からない事じゃない。」
だから俺はずっと音姉の側にいることが出来た。あんなに心配してくれる人を大切に思った。確かに俺は記憶を失う前の時ほど大切に思ってないかも知れない。しかしそれでも俺は音姉のことを大切に思ってる。その気持ちは本物だ。
「なんで私のだったんだろうね。」
「大切だったからこそさ。俺にとって音姉と一緒にいたことは祖父と一緒だったこと、杏達と一緒にいたことと同じぐらい大切だったんだ。」
音姉が驚いたような顔をする。そりゃ、驚くさ。祖父と杏と茜との記憶と同じって言われれば。俺を形作ったのはあの三人の思い出なんだから。
「音姉との思い出は義之を存在させるだけの大切な思い出だった。失ったことは確かに哀しいけど、あのとき起こったことが消えた訳じゃない。だからこの問題はもうお終いなんだ。」
確かに記憶は失いました。でもそこにあった気持ちを忘れた訳じゃありません。そんな話しで終わらせるべきなのだ。
「でも私が弟君に何も言わなかったらこんなことにならなかった。」
「いいや、これで良いんだよ。義之が生きてて、ちょっと哀しいことがあったけど音姉もみんなも幸せになった。みんな幸せならそれで良いじゃないか。」
そう言っても音姉の顔は晴れない。言葉が足りないのだろうか。あまりこういう事は慣れてないし、得意でもないからな。
とりあえず音姉の肩を掴んで、俺を見させる。もっと真摯に伝えよう。そうすればいずれ伝わる。
「俺は音姉のことを大切に思ってる。そこにいっぺんの曇りもない。自分を責めるくらいなら俺を責めてくれ。俺はそれでも構わない。もし俺を責めるのが出来ないのなら、もう納得してくれ。まだ哀しいなら俺はもっと努力する。音姉、幸せになって。それだけが俺の願いだ。」
言いたいことは全部言った。これで駄目なら今後もっと行動で示していかないとならない。
「弟君は幸せ?」
「幸せさ。大切な人が笑ってくれてる限り。」
大切な人が笑ってくれてるならそれはきっと幸せだ。俺はずっとそう思ってる。音姉は笑ってくれないのだろうか。俺は幸せに出来ないのだろうか。
「私は私を許して良いのかな?」
「許せないなら俺が許す。」
「あはは、弟君には適わないや。ありがとう。弟君の言う通りこの話題はもうお終い。私は幸せだよ。だって弟が二人ともいるんだもん。これ以上の幸せはないよ。」
そう微笑む音姉は綺麗だ。俺はそっと手を離す。想いは伝わったか。めでたし、めでたしで良いのかもな。
「そう言えば随分とまゆきさんと話してたけど何を話してたんだ?」
気になると言えば気になる。すると音姉の顔が真っ赤になる。
「な、何でもないよ。あはは。」
何でもないって顔じゃない。
「まゆきさんの事だからもっと仲直りしろって言ったんだろ?何たって全く記憶のない俺を怒鳴りつけてきたんだ。音姉がこんなに気にしてたんだからそれに気付いてても不思議じゃない。」
今となっては俺よりまゆきさんの方が音姉については鋭い。俺は今日この瞬間まで、もう終わってたと思っていた問題も気付いてたと思われる。
「別にそう言う話しじゃないんだけど。」
歯切れが悪いのも珍しい。本当に何を話したのだろう。
「あのね、弟君。」
音姉は何か意を決したように声を上げる。こんなの茜に見せて貰った失った記憶にもない。
「弟君にとって私との記憶ってそんなに大切だったのかな?」
またこの話題なのか。やっぱり言葉が足りないのか。今一度はっきり言おう。
「取り戻せるのなら手段を問わないほど大切だよ。」
失ったからと言って諦めた訳ではない。祖父と母の魔術書を調べ、模索している。何気に眠いのは魔術師らしいことをしてるからだ。
「えっと....私って弟君にとってどんな人なのかな?」
まるで告白みたいな事を訊くのだな。まったく、この人の天然はいらぬ誤解を平気でさせようとするんだな。俺じゃなかったら大変なことになってるぞ。
「俺にとって音姉は大切な人だよ。俺って一人っ子だからよく分からないけど、多分音姉みたいなのがお姉さんなんだと思う。」
「お、お姉さんか。」
ちょっと困ったような顔をされる。もしかして迷惑だっただろうか。確かに迷惑掛けてばかりの弟だし、自分で言うのも何だが相沢は一般の感覚の外側で生きてる変人だ。あまり意識したことないが、弟らしくはないのかも知れない。
「まぁ、不肖な弟ではあるけどこれからも一緒にいてくれると嬉しい。音姉は嫌か?」
「嫌って訳じゃないけど....。」
妙に歯切れが悪い。何か言い足りないことがあるみたいだな。でも促すのもおかしな話しだよな。まゆきさんが何を言ったか知らないが、俺に落ち度があるのなら言われてるはずだ。音姉の問題なら音姉が解決するのが正しい姿だ。
「何を悩んでるか分からないけど、一杯悩んで決めた方が良い。困ったら俺を頼ってくれ。こう見えて、意外と何でも出来るんだぞ。」
そうは言った物の、音姉の顔からして頼られるとは思わなかった。しっかしどうしたものか。そう思って時計を見てみるともう時間だ。
「弟君、私ね。弟君のことが.....。」
花火が打ち上がった。一番最初に上がったのはサプライズにちなんで一番でかい奴だ。
「音姉、何か言った?」
最後の方は何を言ったか全然聞こえなかった。音姉は少し放心したような顔をしてる。そんなに伝えたいことがあったのだろうか。
そうは言っても一度花火が打ち上げられれば打ち上げ続けられる。とりあえず音姉を引っ張り、上を見上げるように指を指す。そして二人で空一面に咲く花火を見た。
「なんて言ったの?」
花火を見上げながら大きな声で訊く。
「何でもないよ。」
音姉が大きな声で言った。何でもないって言った割には随分と意気込んでいたように見えたが。
でも音姉はそれから随分と楽しそうに花火を見た。まぁ、いいかって感じがしてきた。こんな顔が見たくてあんなに頑張ったんだ。俺は花火より楽しそうにしてる音姉を見てる方がずっと楽しかった。
「見たか〜、俺達の実力を!」
渉は打ち上げが始まってからずっと花火のことを自慢していた。花火の最後に俺がこっそり「卒業おめでとう」ってのを入れたのだが、こっそりその後に俺達が企画したのがバレるようなのが打ち上がったのだ。そうしたら一気に知れ渡り、あっという間に追求の場になった。特にまゆきさんは影でこそこそしてたのが気に入らなかったらしく説教された。まぁ、今は杉並が引き受けてくれてるのだが。
「忙しく動き回ってると思ったらこんなことやってたのね。」
「杏を出し抜けたって事は俺も成長したって事だな。」
杏も俺が大人しいのは随分と怪しいと思ってたようだが、ここまでのことをするとは思ってなかったようだ。杏にとって俺は事後処理担当だからな。こんな企画を立ち上げたこと自体信じられないだろう。
「最後の最後で詰めを誤るのが祐らしいわね。」
確かにあの最後の打ちあげの所為で俺達が秘密裏に動いてたことが明るみとなり、俺がまゆきさんに怒られるという失態が起きてしまった。渉ら辺は喜んでるが、俺にとっては全く喜べないことだ。
「でもどこで見てた訳?結局見つかったのって終わってからでしょ?」
「屋上で見てたんだ。屋上は危険だから閉鎖しないとならなかったからちょうど良かったんだ。」
事実、屋上で見たかったと言ってた人は多かった。1000発もあれば始まって急いで屋上に向かえば間に合ったことを考えると、運が良かったと言えるだろう。
「っで音姫さんと何を話してたの?」
茜が随分と楽しそうにその話題に触れた。卒パの間、俺が音姉とずっといたことは多数の目撃談により誰もが知ってる事実だ。今更惚けることも出来ない。
「何って記憶を失ったのかって話しだよ。何だか納得されてなかったみたいだからバシッと説明した訳だ。」
っとまぁ、掻い摘んで話すと二人は呆れたようにため息をついた。失礼なことを思われてる気がする。
「あまりに鈍感だと考え物ね。」
「だねぇ〜。」
鈍感ってどういう意味だよ。真に鈍感なのは音姉だろ。こっちは告白まがいを誤解せず聞き入った紳士だっていうの。
何はともあれ全てが終わった後の達成感に身を委ねるのは悪くない。後は帰って久しぶりにぐっすり眠ろう。体も喜ぶだろう。
そして打ちあげは時間の経過と共に収束する。さくらさんという保護者がいる中でも夜遅くまでは危ないと言うことで解散となった。
「っでさぁ、今日は美味しいのを用意したんだよね。」
ってな訳で俺は強制的に二次会に参加することになった。まぁ、二次会と言っても梯子する訳でなく、さくらさんの家でのんびりしようって話しだ。
「俺、最近忙しくてめっきり飲んでないんですよ。」
疲れたと言って首を鳴らす。するとさくらさんが楽しそうに俺の背中を叩いた。
「今日は最後までお酌をしてあげるよ。何たって君は功労者なんだからね。」
功労者か。たった一人の喜ぶ顔が見たくて、あんなことをしたと知られたら驚かれたりするんだろうな。
俺は音姉を見てみる。音姉は楽しそうに杏達となにやら喋ってる。いらぬ誤解も解けて、笑顔を取り戻した。もう俺が頑張ることはないか。
「んにゃ〜、君は本当に嬉しそうに笑うね。」
「さくらさんほどじゃないですよ。」
さくらさんの笑顔ほど幸せに感じられるものはない。でももし俺の笑みがそうやって周りの人を幸せに出来てるのなら嬉しいことだ。
「でも音姉がいると飲めないんじゃないですか?」
「ボクが許す。」
「さくらさんって音姉に滅茶苦茶弱いじゃないですか。」
「でも許す。」
特に根拠なくさくらさんは自信たっぷりだ。まぁ、飲めなくても良いか。ただこの達成感をもう少し味わいたい。
でも神と言うのは余程俺を試したいらしい。甲高いブレーキ音の後、俺の視界に車が横転したのが見えた。その先にいるのが義之と由夢がいる。体は自然と動いた。
「よいしょ。」
俺はさっと二人を肩へと担ぎ、車のボンネットを蹴った。たかが乗用車ごとき俺に取っちゃ大きなボールが転がってきたものだ。まぁ、個人的に後ろから飛んでくるだろうコンクリートやらが怖いが、そんなのはどうしようもない。とりあえず着地して、この場を離れるぐらいだ。
「危ない!」
その声で顔を上げると目の前にトラックが迫ってきた。瞬時に計算する。だが結論が出た。俺は背負った義之と由夢をそっと放り出す。
「まさかこの俺がな。」
二人を放った瞬間、トラックが当たる。衝撃が俺を駆け抜け、俺も所詮人間なのだと思い知らされる。最後の力でトラックとコンクリートに挟まれないようにと飛び出す。色々記憶を失ったからか走馬燈などが見えない。
着地は出来た気がした。祖父も言っていたがこんな極限状態でも体は自然と動くらしい。だが力が抜けていくのが分かる。これが死と言う感覚か。何故あれほど無力であることが嫌いだったか分かる。死の感覚に似ているからだ。
「まぁ、こんなもんなのかもな。」
最後ぐらい笑っておこう。みんなが集まったような気がするが、俺はちゃんと笑えてるだろうか。それだけが気になって、意識は落ちた。
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