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NO WAR! 映画コーナー (藤井建男)

ハンガリーで考えた日本の明日(上) /(2012.12.25)
オオカミは優しくノックした *今回は映画の紹介ではありません

 昨年10月、8年ぶりに娘家族の暮らすハンガリーに行ってきた。バラトン湖の湖畔の古い観光 都市ケストヘイのはずれに近いところに家族5人で暮らしている。久しぶりに見た首都ブダペスト は依然200年の歴史を刻んだ石畳を残し、街並みもそれほど変わっていなかった。市や村のつくり も景色もまだ十分歴史を感じさせて郊外にはのどかと言えばのどかな景色が広がっている。
 それもあってか大分前からハンガリーの街、景色、建物がハリウッドなど西側映画の撮影にしば しば使われるようになった。つい最近はこの映画ロケで入る外貨が貧しいハンガリーの貴重な収入 になっていると日本でも報道された。
 だが、一歩人々が生活する場に足を踏み入れるとどうだ。わずか8年だがその間に随分と町も暮 らしも変わっていた。まず、驚いたのは娘の町にあった歴史もある精肉工場が閉鎖して廃屋になっ ていたことだ(写真)。従業員約200人、この小さな町では唯一とも言える工場らしい工場だった。 娘の説明では2009年4月に閉鎖されたという。しかも、この年だけで全国で73か所の精肉工場が 閉鎖されたそうだ。理由は、リーマンショックの影響で大国の食肉を輸入しなければならなくなった ためだという。欧州連合(EU)に入る前にはなかったことらしい。そういえば町の中心近いところ にあった肉のショーケースの上に古い秤がドカッと置かれたいかにも肉屋然とした肉屋もなくなっ ていた。食肉産業の次はハンガリー人が世界一美味しいと誇るワインが危ないという。これはフラ ンスの経済援助の見返りに生産が制限されるかもというのだ。
 精肉工場のそばの乗馬クラブと牧場も消えていた。幹線道路に接している便利さからか、「牧場」 の跡もそばの畑も体育館のような西側の自動車販売店が軒を並べている。暮らしが豊かではない この地域の人びとの乗る車ではない。さらに大きく構えているのが食料から雑貨までを見本市のよ うに品揃えしたスーパーマーケットである。しかも100mも離れていないところにも同じような店が ある。8年前買い物をしたハンガリーのスーパーは倒産して看板が剥がれて風に吹かれていた。こ の地域だけでもドイツ、オーストリア、オランダ資本の大スーパーが3店舗あるという。いずれも 平屋の構造で広い駐車場を備えている。自動車販売店もスーパーも「土地を押さえるのが目的だ」 とささやかれている。これもEUに加盟してから急速に進んだ現象だ。
 2008年のリーマンショックはハンガリーにも襲いかかった。多くの西側企業が撤退し不況は慢性 状態のままだ。この国では公立大学の授業料は基本的に無料だが、政府が有料化を言いだし、この 12月これに反対する運動のニュースが日本でも報道された。しかし大学を出ても就職口がない。若者 の海外流出は増える一方。優秀な頭脳が流出するのではなんのための国の補助か、政府は卒業後は 8年間は国内に就労をという条件で学生と交渉しているという。だが、失業率は12%に届こうと しているハンガリーではアルバイトもなかなか見つからない。国内で働くことの義務付けに学生 が怒るのも分る。日本の就職難とは比べ物にならない深刻さだ。娘の周辺でも若者たちが次々と国を 出て隣国のオーストリアで働いているという。
 「小さな窓から覗き見る西側の光景、文化にあこがれたものです。ソ連が崩壊して西側に向けて ドアを開けたとたん怒涛のように流れ込んできた西側文化は予想をはるかに超えて凶暴なものだっ た」「オオカミは優しくノックしましたよ」。これが8年前ハンガリーで聞いた言葉である。
 だが、ハンガリーの街、村で感じられるのは狂暴な西側資本主義の攻勢の中にあってもハンガリー 国民の強靭な民族の伝統と文化を守ろうという気持ちである。これは歴史に鍛え上げられた民族の 強さだと思う。教育の現場でも文化の分野でも低賃金、劣悪な条件のもとで頑張っているハンガリー の文化人、教育者に逆に励まされたというのが本音だ(写真は娘の家の窓からの風景)。
 今日、日本ではTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への加盟を政府財界は強引に推し進めようと している。”例外なき関税の撤廃”だという。それが何をもたらすか、西側資本に浸食されるハンガ リーを見て日本の明日を考えないわけにいかなかった。 (ここにつづく)


「アーティスト」 サイレント映画の素晴らしさ/(2012.4.26)
 先ずはチラシでこの映画の評価の高さを。なにせアカデミー賞 作品賞、監督賞、主演男優賞、衣装デザイン賞、作曲賞とアカ デミー賞の5部門受賞に輝いている。しかもモノクロで言葉の ないサイレント映画だ。
 ストリーは…「1927年のハリウッド黄金期。映画界屈指のサイ レント映画スター、ジョージ・ヴァレンティンは、新人女優ペ ピーを見初め、彼女を人気女優へと導いていく。強く惹かれあ う2人。しかし、折しも映画産業はサイレントからトーキーへ の移行期。サイレントに固執するジョージが没落していく一方 ぺピーはスターの座を駆け上がって行く…。トーキーの波に押 し流され、失意の中でピストル自殺さえしようとするジョージ。 そのジョージを励まし続けるぺピー。そのひたむきな愛がやが て二人のスクリーンとなって花開く」…と極めてシンプル。
 声のない白黒映画でありながらより鮮烈に胸に響いてくる。 言葉がないがゆえに仕草と表情に役と感情の全てが込められる のだろう。サイレントであるがゆえにセット、小道具に神経を 配り、ハンカチの一枚の持ち方ひとつにも、より丁寧にその場 に言葉を浮かび上がらせる。映画の演技にも“型”があること を改めて実感。優れた映像が言葉以上に場面をつなぎ、音以上にその場の臨場感を漂わせる。映画は場面 転換ごとにごく短い解説の字幕が出るが、それに気がつかないほどスクリーンの動きには魅力があった。 やっぱり映画は活動写真が原点なのだ。
 久々に映画らしい映画を観たという気持ちになって映画館を出た。最近は3Dやコンピュータグラフィッ クがふんだんに使われ、実際にありえない空間やアクションシーンで見る側を圧倒したり、人気コミック を実写映画化する傾向が強まっている。こうした状況へ映画の原点からの問いかけとなることも期待し たい映画だ。


メルトダウンの内側 英BBC制作/「マスコミ9条の会」紹介
■2012年2月23日に放送された迫真のドキュメンタリー
マスコミ9条の会 のHPが「マスコミが伝えない福島原発大事故について知りたい人のためのリンク集」で 紹介している英BBC制作の1時間ドキュメンタリー「メルトダウンの内側=Insaide the Meltdown 」 (3月1日UP)は福島原発事故の発生からの10日を迫力あるカメラで追いかけ、事故現場で働いていた労働者、 家族を失い残された娘と避難した被災者、菅総理、枝野官房長官(いずれも当時)、東電の幹部の声を重ね てその時何が起きていたのかをスケール大きく再現して見ごたえがある。
 証言する福島第一原発のエンジニアMurakami Yukio氏は津波に襲われた直後「発電機の装置が壊れたと 聞いた。あり得ないと驚いた」と言い、「電源が水没して誰もアクセスできなかった」と語る。同じ時期、 政府は原子炉は安全だと繰り返す。プラントの中を必死に懐中電灯で修理する労働者が映る。中央制御室 のホワイトボードには書きなぐられた「震度6強」「原災法15条発令」などの文字。2日目のことを Murakami 氏 は「燃料が溶けはじめていたことを皆感じていた」「逃げられるようにマスクなど用意して いた」「高濃度放射能を浴びることを覚悟して中に行った人もいた。相当な覚悟だろう。私は行けない」。
 菅首相は当時を振り返って「東電本社が間に入っていて現場と伝言ができなかった」と語る。
 3号機が爆発する。Murakami氏「もう駄目だと思った」。東電のKomori Akio 常務が作業員の撤退を検討 する。これに対し5日、菅首相は「撤退はあり得ない。60歳以上人が覚悟を決めてやってくれと、かなり 強い口調で言いました」と。(60歳以上の労働者とは?)
 ドキュメントは現場の労働者、消防、自衛隊の命をかけた冷却水放水の成功までを迫力ある映像で追い かけて終わる。カメラはプラントの中、冷却水放水準備の作業現場などなど高濃度放射線区域で危険な 作業現場に踏み込んでおり、そこの不気味さ、危機感から強い臨場感が生まれている。そのリアリティが あることによって東電、政府の無能な対応も浮かび上がる。我が日本のマスメディアは7日目あたりから 米海兵隊の「トモダチ作戦」なる「救援」の報道に時間と紙面をさきはじめている。日本の政治、東電 にしがらみがない英BBCだからつくることができたドキュメントという感想を持った。一見の価値あり。 (英語だが日本人の話がわかるので全体は理解できる)
    
■YouTube「メルトダウンの内側」 (1時間 2012/03/01up)


100,000年後の安全 原発から生まれる放射性廃棄物の危険について
―フィンランドの場合― (2012.3.3)

 「未来に責任を持つ」。よく聞かれる今に生きる我々のモラルの一つだ。こども、孫の世代までは何とか、 ひ孫の時代となると眼を閉じても頭に浮かばない。だが10万年先となるとどうだ。このドキュメント映画 は10万年先にどう責任を負うのかを問うている。原子力発電所から出される高濃度放射能廃棄物が安全な 物質になるにはヨーロッパの基準では10万年の時間が必要だ(アメリカは100万年)。それまで排出された高濃 度放射能廃棄物をどうする。1基の原発から出る放射能廃棄物は年約20トン。放射能は無色、無臭で人間の五感 では感知できない。多量に浴びれば嘔吐、脱毛、喀血、癌になる場合も少なくない、死に至る場合もあり、 遺伝子も破壊する。だからなお厳重な管理が必要なのだ。
 フィンランド政府は5基目の原発建設に入る。それに先だって高濃度放射能廃棄物の処理場を作ることを 決定した。ヘルシンキから240Km離れたところに地下500mの18億年前の地層に巨大な収納施設「オンカロ」 を造ろうと言うのだ。すでに工事ははじまっている。2020年に完成し放射能廃棄物が順次持ち込まれ、満杯に なると入口は厚いコンクリートでふさがれ完全に密閉されると言う。「オンカロ」とはフィンランド語で「隠し場所」 の意味だ。
 映画はマイケル・マドセン監督が「オンカロ」を手がけるボシヴァ社の科学者に未来の子孫に対する安全性を 問いながら進む。「海に沈めること」も「太陽に打ち込むこと」も考えたが海は汚染の危険があり、太陽は打ち 上げに危険がともなう。天災、戦争等を考えた末地下に埋蔵することが最も安全だと判断したと、ボシヴァ社の 科学者が述べる。
 では、地下に埋設された高濃度放射能廃棄物を10万年先まで人間が掘り出すことはないのか。ピラミッドのファラ オの墓にたどりついたように人間は好奇心の塊なのだ。10万年後の人類が文字を読めるのか。危険個所を知らせる 石の啓示、危険を知らせる看板などなどを科学者たちも考えている。だが、どれも完全な答えにならない。10万年 後、そこにいるのは人間なのか知的生物なのか。「氷河時代になっていればいい」ともらす学者もいる。
 工事は進んでいる。「ボシヴァ社はオンカロをつくることで核廃棄物の問題は解決したと言いたいのだ」とマイ ケル・マドセン監督はいう。
 原発でエネルギーを持ったのであれば当然廃棄物を処理する責任がある。責任は10万年年先までかかろうとも。 3・11、福島第一原発事故から1年となる。毎日のテレビが首都圏の放射線量をテレビで流している。肝心の炉心の 状況は強い放射線のため確認できないままだ。日本国民は見えない恐怖に身構えて日々を送っている。その延長に 10万年後の安全があるのか…。
 *2010年パリ環境映画祭グランプリ、アムステルダム国際ドキュメンタル映画祭最優秀ドキュメンタリー賞、2010コ ペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭有望監督賞等受賞


一枚のハガキ(近代映画協議会)/戦争の愚かさと生きる希望(2012.2.9)

 映画を作った新藤兼人監督は「この映画は私の遺言だ」という。映画は昨年(2011年)の8月6日一般に公開され た。しかし上映期間は短く私も映画館に足を運べず見逃した1人である。映画を観た人の評価は高く「今年最高 の評価を得るだろう」「日本の映画史に刻まれるべき」「新藤兼人監督の最高傑作」という讃辞にあふれた。 そして映画は2011年日本アカデミー賞の優秀監督賞、ブルーリボン監督賞、キネマ旬報1011年度日本映画ベス トテン1位と主だった映画賞を受賞した。現在日本各地で自主上映が行われ私も横浜市内の上映運動の会場に 足を運んだ。戦争末期に徴集された兵士100人のうち94人が戦死、6人が生きて帰ってきた。その生死を分けた のは上官が彼らの任務を決めるために引いた“クジ”だった。映画は「生きて帰ってきた六人」の1人新藤監督 の実体験を元に作られた。
 戦争末期、中年兵として徴集された松山啓太(豊川悦司)は仲間の兵士森川定造(六平道政)から「生きて 帰ったら、たしかに読んだ」と伝えてくれと一枚のハガキを託された。ハガキには「今日は村祭りですがあな たがいらっしゃらないので風情もありません」と書かれていた。
 戦争が終わり、啓太が帰ってみると妻は啓太の父と恋仲になって出奔していた。家はもぬけの殻。何のため にかえってきたのか。啓太はブラジルに渡ろうと整理し始めた荷物の中から定造に託されたハガキが出てきた。
 定造はフィリッピンに向かう途中沈められ戦死する。戦死は骨片一つ入っていない白木の箱で届けられた。 夫を亡くした妻友子(大竹しのぶ)は悲しみに浸る間もなく舅姑に「自分たちは年老いて働けないので、この まま一緒に暮らしてほしい」と手を合わせて頼まれる。身寄りのない友子は長男が死んだら次男が後継ぎに なる村の習わしにしたがって戦死した定造を振り返る間もなく次男三平(大地泰仁)と結婚する。その三平も 戦死する。後を追うように舅、姑が相次いで他界し1人残された友子は定造家族が残した古い家屋に寒々と暮 らしていた。そんなある日、ハガキを持った啓太が訪ねてくる。

 ▲「なんであんたは死ななかったんだ」と叫ぶ友子。
 水は川から運びランプで明りを取る暮らし。囲炉裏を挟んで啓太が友子にハガキを渡し、定造が“クジ”で 選ばれ戦死したことを告げる。クジ運だけで自分だけが生き残ったことへの罪悪感を感じる啓太と、家族も 女としての幸せな人生も全てを失ってしまった友子。二人の間に浮かび上がる戦争の愚かさと傷の深さが 次第に浮かび上がる。生きてゆくためにはそれを乗り越えなければならないのだ。
 戦争のおろかさ、命を弄ぶ様を描いているが戦闘のシーンはない。その代わり定造の家の前で繰り広げられた 定造、三平の二度にわたる出征、二度にわたる白木の箱の死亡通知が届けられる光景で、戦争の残酷さを見る 者に突き付ける。村の団長が友子に言いよるが、妾は嫌だとつれない友子。そこに突然現れた啓太。啓太と 団長泉屋吉五郎(大杉漣)の西部劇さながらの激しい殴り合い。新藤監督は愛も語れず死ぬより、目の前の女の ために命を投げ出して殴り合うことの方がよほど人間的だと言っているようだ。
 映画を生み出した新藤兼人監督。市民の自主上映が次々と計画されていると聞く。「遠くに飛ぶ弓矢にはためがある」の言葉がある。「原爆の子」(1952)「足摺岬」(1964)「鬼婆」 (1964)「桜隊散る」(1988)「午後の遺言状」(1995)と名作を生み出してきた新藤監督。常に時代と向き合 い、人間を愛し、未来に希望を持って生きて99年、新藤兼人監督の“ため”の大きさを強く感じさせる 「一枚のハガキ」である。


3・11以後の日本映画界 急速に進むデジタル化(2012.1.30)

 ご無沙汰しました。6ヵ月ぶりの映画時評になりました。まずは、この間、日本の映画状況がどうなっ たかで「時評」再開のスタートを。
 1月27日の「朝日新聞」が「映画にデジタルの波」「スクリーン数18年ぶりに減少」と日本の映画産業 に大きな変化の兆しが表れたと報じました。1月24日発行の「映画人9条の会」の年頭ニュースもこの 1年を振り返り、「スクリーン数は減少に転じ、興行収入は80%に落ち込む」と日本映画産業の状況を 述べその変化に分析を加えています。かいつまんで見ることにします。
 3月11日、マグニチュード9.0の巨大震災に見舞われた東北、北関東の状況です。地震の被害に計画停 電、営業自粛が追い打ちをかけました。泉コロナシネマワールドとシネマックス鴻池などが閉館、仙台 コロナワールドやシアターフォルテが長期休館に追い込まれています。また、多くの作品の上映・制作 が中止、延期されています。ベストセラーの映画化「のぼうの城」は内容面から公開を一年延期、「唐山 大地震」は上映のめどが立っていません。山田洋次監督の「東京家族」、北野武監督の「レイジアウト2」 などは制作延期に。昨年の日本映画界の興行収入は2010年対比80%に。100億円を超えるビックヒットは なし、邦画では50億円を超える作品もありませんでした。
 「映画人9条の会」のニュースは「2011年はスクリーン数が減少をはじめた年として記憶される年」と ゼネコン登場の1993年以来の増え続けたスクリーンの72減少を指摘。「2012年もシネコンの開業予定が 少ないことから引き続き大幅なスクリーン減が予想される」と述べています。
 昨年の特徴として劇場のデジタル化が一気に進んだ年と述べています。スクリーンの過半数がデジタル 化されたといいます。映写室に流れるどことなく寂しげなフイルムリングの回る音が消える、映画技師 にはさびしい時代への移り変わりです。映写機を撤去してデジタル上映の設備を導入するには1000万円 かかると言われますから、独立系単館の経営が立ち行かなくなる可能性が出てくる、と指摘しています。 35mmプリントの制作を請け負ってきた現像所の経営基盤も大きく揺らいできます。世界一の映画用フイ ルム製造会社イーストマン・コダック社の倒産も大きな影響を及ぼす、と先行きの暗い影を指摘してい ます。
 「映画人九条の会」の年頭ニュースは「2012年も、昨年同様に興行収入の低迷が続くようだと、経営 体力のない興行会社や中小規模の配給会社の経営悪化がいよいよ深刻さを増します。日本の映画界は、 新たな危機と大きな変化の節目に立たされているといえるでしょう」と結んでいます。〆


福島原発事故でよみがえる
「東京原発」(日活映画)/山川元監督(2011.7.3)

思いついたら吉日、言い出したら聞かない天馬都知事(役所広司)が緊急部局長会議を招集。そして 唐突に「東京に原発を誘致する」と発言。居並ぶ主要局長が「えーッ!」
「報道局長、すぐに記者会見の手配をしてくれ」。
「本気ですか」「待って下さいよ」「なぜ原発なのか」緊急会議室はテンヤワンヤ。
「原子力発電施設等立地地域振興特別措置法を知っているだろう。莫大な補助金が出る制度だ」知事は 都財政危機を原発誘致で乗り切ると言うのだ。
「どこに、奥多摩とか、まさか」
「そこだよ、そこ新宿公園、日比谷公園でもいい、皇居のお堀の水を冷却用に使う。日本の原発は絶対 安全なのだから心配ない」
知事の原発はエコ、クリーン、安上がりを歯切れよく繰り返す。
知事の「原発が安全であることを学者を呼んで聞いてみたらいい」を受けて、学者を招くことになるが、 安全派の原子力安全委員(増岡徹)がアクシデントで参加できず、原発の安全神話否定を持論とする東 大教授が地震による危険、事故、処理不可能な廃棄物問題、原発不要論を展開する。福島第一原発事故 以来、日本が直面している事態である。
映画はこの「東京に原発を」を主軸に、プルトニュウム輸送トラックのハイジャックを絡めてテンポよ く、エンターテイメントな作品に仕立て上げている。既に2004年公開された。当時、日活映画館に掲げ られた看板を見て“ふざけた映画”というのが正直私の感じ方だった。しかし福島原発事故によって、 この映画は時代を予言した作品に昇華していた。もちろん脱原発運動、科学の物差しで測れば不十分な ところは指摘できるが、今の事態に十分付きあえる娯楽作品である。岸部一徳、段田安則、吉田日出子、 平田満など演技派がわきを固めて厚味を付けている。
◎レンタルビデオ店で貸出し中 !


特別ゲスト/高橋邦夫さん(映演労連フリーユニオン委員長)の推薦映画。
ドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転/(2011.2.18)

「ヒバクシャ 世界の終わりに」「六ヶ所村ラプソディー」と被曝の問題を追い続けてきた鎌仲ひとみ 監督が、新たに作り上げたのが「ミツバチの羽音と地球の回転」。舞台は、瀬戸内海に浮かぶ小さな 島──山口県上関町・祝島だ。……
■続きはここをクリックしてください


シチリア!シチリア!/イタリア映画(2011.1.8)
1930年代から80年代を シチリアの家族の絆でつづる叙事詩

「ニュー・シネマ・パラダイス」(‘89アカデミー賞)の名匠、ジュゼッペ・トルナトーレがシ チリアの光の中に家族の愛と人々の絆を見事に描き上げた。この映画は監督の故郷 イタリアのシチリア州バーリアの1930年代から1980年代までを主人公ペッピーノ(フランチェス コ・シャンナ)を軸に親子三代の暮らしと人々の織りなす悲喜劇を通じてえがく、シチリアの叙 事詩。
ペッピーノの家は小さな羊飼い。貧しい暮らしだがペッピーノは楽しく、好奇心を満たす 出来事に胸を躍らせて育つ。30年代はファシズムが町にのさばり、そして第二次世界大戦、アメ リカ軍の上陸とファシズムの敗北、農民に広がる耕作地獲得の息吹、ペッピーノは目の当たりに 見る激動の中で社会に目を向けるようになり、共産党の活動に参加し入党する。そんな時期、美 しい女性マンニーナ(マルガレット・マデ)に出会い二人は愛し合うが彼が共産党員であること を理由にマンニーナの家族は結婚を許さない。そこで思い付いたのが駆け落ち(と言っても彼女 の家族がいないとき台所を占拠する奇策)。
結婚したペッピーノは大地主とマフィアが支配する未開墾地の開放運動の先頭に立ちやがて国政 選挙(1972年5月)に出馬するが落選。開票の夜家族だけのささやかなパーティが自宅のバルコ ニーで開かれる。ペッピーノの「なんのパーティか分かるか」に息子が「落選したけど得票が増 えたから?」
「お母さんのおなかに赤ちゃんができたからだよ」
一斉に上がる子供たちの歓声。底抜けに家族を愛するシーンだ。息子、娘が成長し息子が島を離 れて就職、娘は学生運動に参加する年齢になっていた。こうした流れをヤギに教科書を食べられ た貧しかった羊飼いの時代、ファシストとたたかう市民、兄の出征、空襲、最大の娯楽だった 無声映画上映、家族の食卓、大人たちの暇つぶしのトランプ、学校などの思い出が楽しく挿入さ れる。
美しい景色と重なる素朴な人々の暮らしとひたむきに家族を愛し社会の正義を貫くペッピーノ。 シチリアに流れ続ける人間の絆とこの50年に対するトルナトーレ監督のオマージュが漂う。それ にしてもトルナトーレの映画に出てくる子供たちの瞳に力があること。
        ★シネスイッチ銀座、川崎チネチッタで上映中/


「瞳の奥の秘密」/アルゼンチン映画(2010.9.20)
叶わない恋と未解決の犯罪がクロス

 刑事裁判所を書記官で定年退職したベンハミン・エスポシト(リカルド・ダリン)は孤独な時間 を25年前に自分がかかわった殺人事件を題材に小説を書こうと決意し、元上司でかつての判事補、 イレーネ・メネンデス(ソレダ・ビジャミル)を当時の職場に訪ねる。エスポシストはイレーネ に密かに恋をしていたが学歴もなく役職も下だ。恋の告白はせずじまい。相変わらず美しいイレ ーネは検事に昇格し、二人の子供の母親になっていた。
 事件は1974年にブエノスアイレスで起きた。幸せな結婚生活を送っていた銀行員リカルド・モラ レス(パブロ・ラゴ)の妻・23歳の美しい女性教師リリアナ・ロコトが暴行され惨殺された。妻 を殺されたモラレスを訪ねたベンハミンはそこで一枚の写真の中の男に注目する。若者たちがリ リアナを囲む楽しいひと時のスナップだがその中に暗い情熱の瞳でリリアナを見つめる1人の男 が気になった。名前はイシドロ・ゴメス(バビエル・ゴディーノ)。しかし面倒を嫌う判事の 姿勢で事件は未解決のまま葬り去られる。
 事件から一年後、妻を殺されたモラレスが自分の力で犯人を捕まえようと毎日、駅を変えては見 張っている姿にエスポシトが遭遇する。妻への深い愛と犯人への憎しみの深さに胸を打たれたベ ンハミンは再捜査を求めるが叶わない。ベンハミンは部下で同僚のペドロ・サンドバル(ギレル モ・フランチェラ)と独自に捜索を再開する。思わぬ展開でゴメスの居場所が浮かび上がった。 アルゼンチンの“お国柄”が犯人探しの決め手となるとは。審問室でイレーネの恥も恐れぬ挑発 に乗せられてゴメスは落ちた。裁判の結果判決は終身刑だ。
だが、ペロン大統領が病死して妻イサベル・ペロンが副大統領から大統領に昇格した。テレビの  イサベル大統領と一緒にゴメスが映っている。ゴメスは権力の汚い役を買って出て出獄していた のだ。親友のパブロが暗殺される。ゴメスの復讐である。
 イレーネはベンハミンの身を案じて北部のフフイに身を隠すように手を打つ。二人のブエノスア イレスのホームの哀惜な別れ。
 それから24年が過ぎた。ベンハミンは事件の最後を見届けるためにモラレスを訪ねる。そこで見 たものは。そしてベンハミンの書きかけの小説も完成する。
 4半世紀前に起きた未解決殺人事件の解明を縦糸に、軍事政権下の政情不安を漂わせてサスペン ス、ミステリー、ロマンスを絶妙にあやなしたエンターテイメント。台詞も映像もそして俳優も 素敵だ。久しぶりに出会った本格的な映画。監督・ファン・ホセ・カンパネラ。原作はアルゼン チンのエドゥアルド・サチェリの「瞳の問いかけ」。2010年度アカデミー賞最優秀外国語映画賞 ほか世界各地の映画賞祭で受賞多数。各地でロードショウ中。


規格外の傑作宇宙SF映画
月に囚われた男  (2010.5.25)

「契約期間3年、赴任地=月、労働人数1人、パートナー:人工知能を持ったロボット、ガーティ」…この ミステリアスで魅力的なキャッチコピー。映画はこのコピーに忠実に縛られているが、ちゃっかり スリルとサスペンスで味付けされている。
 XXXX年頃、地球はクリーンエネルギーと言われるヘリウム3で発電された電力で豊かさを享受し ている。そのヘリウム3を月の裏側の月面基地「サラング」で採掘し地球に送っているのがルナ 産業(世界最大の核燃料生産会社)。主人公サム・ベル(サム・ロックウエル)はこの会社の契約 社員。地球に妻テス(ドミニク・マケリゴット)と3歳の娘のイヴ(カヤ・スコデラーリオ)=二 人はモニター画像でしか登場しない=を残して3年の契約で月に単身赴任している。

仕事は1日1回ルナ・ローバー(月面車)で採掘現場に行き、岩石からヘリウム3を抽出・精製し てロケット推進のポットに入れて地球におくり届けるだけ。あとはまったく自由だ。好きな時に食事をし、 好きな時に筋肉トレーニングをし、気が向けばプランターの植物を手入れし、ホビー工作、音楽 を聴きステップをする。しかし、話し相手のガーティは有能だが機械的コミュニケーションしか できない。しょせんロボットだ。地球とのTV電話は衛星事故で交信不能。仕方なく過去に録画し た家族の映像通信を何度も再生して見ている。だいぶ擦り切れているが妻と娘の笑顔が唯一の癒し。 だが、サム・ベルもここでの生活が精神的にも肉体的にも限界にきていることを感じている。おお よそ3年が限度らしい。その3年が間もなく終わろうとしているとき事故が起きた。

採掘作業機のそばでルナローバーの操縦を誤ってその衝撃で気を失った。がーディが助けたらし い。ところが治療室のベットで気が付くと自分とそっくりな男が治療室の壁に寄り掛かるように 立っているではないか。「おまえは誰だ、何者なのだ」相手は「私はサム・ベルだ」という。
 顔、体格は瓜二つだが趣味と感性に多少の差異は認められる。二人のサム・ベルのそりの合わ ない暮らしが始まる。「どこから来た?」「俺は何故ここにいるのか?」二人はこのミッション (社宅兼管理施設)に何か秘密があると疑い始める。二人の必死の秘密暴きが始まる。
 ガーディがサム・ベルの事故を地球に報告したことで救援隊が派遣された知らせが入る。その 救援隊が来る寸前に二人のサム・ベルはルナ産業の恐るべき実態を突き止めた。救援隊は実は 二人のサムの抹殺の為に派遣された企業の殺し屋だ。

  巨大企業の宇宙にまで広がった利潤第一主義が操る科学の残酷性がうっすらと浮かび上がる。エ ンディングがほんのりと人間賛歌になっているところが何とも。サム・ベルを演じるサム・ロッ クウェルは1人3役(3人目はお楽しみ)。登場人物はサム・ロックウェルだけである。
 監督はダンカン・ジョーンズ39歳。20世紀を代表するイギリスのロック・スター、デヴィッド・ ボウイの息子。「月に囚われた男」はダンカン監督の第1作だが瞬く間に世界中の新人監督賞を 総なめにしてしまった。出演俳優はサム・ロックウェル1人。製作費は500万ドルと記録的小額。 撮影期間33日も異常なほどの短時間。宇宙SFと言えば「エイリアン」「スターウォーズ」 「アバダ―」と莫大な資金と長期にわたる制作期間が“売り物“だったが「月に囚われた男」は その常識を全て打ち破った。6月3日まで「恵比寿ガーデンシネマ」で上映。


[番外・初]
ミニルポ 中国・撫順(2010.4.24)

日本で働いている中国の女性と、中華料理師をしている私の息子が結婚することになり、4月16日、 娘さん家族の暮らす撫順市でその式があった。
 撫順と言えば世界最大の露天掘り炭鉱が今でも稼働し、大規模な鉱工業が林立する中国有数の重工 業都市である。近年の産業構造の変化もあってか従来の活気とは程遠いとはいえ中心街を囲むよう にかつての日本の社宅、労働者住宅が建ち並ぶ。
 戦前、日本は豊かな資源が埋蔵するこの工業都市を日露戦争でロシアから奪い取るや関東軍を後ろ 盾にして農民・市民を問答無用でかき集め、奴隷以下の労働条件で酷使した(本多勝一著「中国の 旅」朝日文庫に詳しい。ネットで「撫順の奇跡」も)。
 というような撫順市だが今は中国全体の動きと連動して怒涛のように市は変わりつつあった。それ は一つの時代が姿を消し次の時代が登場するなどという変化ではなく、百年の時間がすべて同時に 生きている超スペクタル3D風景のような展開だった。
 私たち家族が宿泊した同市の比較的大きなホテルの一つの窓を定点にして拾ったスナップで紹介し よう。戦後間もなく建てられた古い労働者住宅は間もなく姿を消すといわれているが、古びて空き 家が目立つ住宅でも、小規模な店が開いていた。その後ろにここ十年程の間に建てられた中層マン ションが立ち並び、はるか後ろに蜃気楼のように高層マンショ群が続々と建設されていた。労働者 住宅は冬の寒さの中での知恵か、ベランダはすべて厚いガラスで囲われていた。「この住宅に入っ たときの喜びは格別だったと聞いています」と、新婦のいとこの娘さんが流暢な日本語で話してく れた。
 市民の足はバスとタクシーだが、まず人力車があり三輪バイクのタクシーがあり、昔のスバルの ような形をした三輪軽自動車のタクシー(四人乗り)、そして日本の50年前を思い出させるルノ ーのようなタクシーが大通りも路地もお構いなく走り回る。なんとなく、7階の窓辺に椅子を置い て考えたり飲んだりしながらシャッターを押していると、けたたましい花火がホテル玄関で打ち上 げられ始めた。

味もそっけもなくバンバンというだけの花火が丁度私の窓の前で破裂する。まるで戦場だ。下を 見ると日本でも中々お目にかかれないリムジンからの花婿、花嫁のお出ましだった。
 それにしても、とてつもなく長い爆竹の歓迎。このリムジンの横をリヤカー荷台を前に付けた自 転車が何事もないように通り過ぎた。リムジンはこのリヤカーをクラクションで追い散らしながら ホテルの前に到着したわけだ。
 やはり中国の変化は本当だった。が、これもこの巨大な国で見れば地図を楊枝の先でつついた程 度でしかないと思う。


デジタル腕時計とドレスデンの人間の鎖(2010.3.30)

一時期、数字で時刻が分かるデジタル腕時計がはやったことがあった。私が記録映画関係の仕事 を手伝っていた時期だが、このデジタル腕時計をしていた若者が先輩に怒られていたことを思い 出す。「その時計で、すぐ残り時間が分かるか」 「回したフイルムの長さが分かるか」と。映画 の製作現場では時間は“量”であったから当然のお叱りだろう。これを社会の動きになぞらえれ ば、原因と結果を見失わない、過ぎた時間を糧として振り返るということにもなろうか。

今年の2月13日、ドイツのドレスデンで連合軍の爆撃65周年を「連合軍によるホロコースト」だと してネオナチ主義者が計画した大規模なデモを市民が人間の鎖で阻止した。
 ドレスデンは北部欧州のフィレンツエと言われる美しい古都であったが、1945年2月13日の英軍 の2波の無差別爆撃、翌日の米軍の爆撃で全市域の85%が破壊された。空爆による死者は公式数字 で3万5,000人(13万人という数字もある)、その多くが一般市民であった。ドイツはナチスのホロ コーストへの負い目もあって連合国への批判を控えてきたが、2005年の60周年の式典で、5万人が ロウソクを灯して犠牲者を追悼した。
 ネオナチ主義者のデモを阻止する人間の鎖には、当市のオロスカ市長をはじめ政治家、学者、 市民1万人を超える人々が寒さをついて参加した。オロスカ市長は「爆撃された日を悪用する極右 の動きには断固として反対する」とのべ、参加者の多くは反ナチの象徴の白バラを持ったという。
 連合軍のドレスデン無差別爆撃では多くの歴史的文化財も破壊された。連合軍の空爆について は改めて検証も始まっていると聞く。そうした中にあってもネオナチ主義者の策動を阻止した力 はどこにあったのだろうか。その答えはドレスデンの聖母教会に刻まれている。
 徹底的に破壊されたドレスデンで再建された聖母教会の祭壇には「1945年2月13日」という日付が 刻まれ、ドレスデン空爆の日を思い出させているが、もう一つの祭壇には「1933年1月30日」と、 ヒトラーが政権奪取した日が刻印されている。惨禍はこの日から始まったからだ(「1945年の ドイツ・瓦礫の中の希望」テオ・ゾンマー)。

 ネオナチ主義者の示威を阻んだ力、それは歴史を結果と原因の両面から見つめる力である。文字 で時を打つデジタル腕時計を見るように、今だけを見ていては歴史は見えてこない。
 ヒロシマ、ナガサキ、東京空襲が結果だとすれば、その原因となるその時はいつだったか、改め て考えさせるドイツ・ドレスデンでネオナチ主義者のデモを阻止した人間の鎖だ。