帆走経 巻四
ひねもすせいりんぐ、勝つはうれし、負けるはかなし、滑るはう
れし、のらぬはかなし、これだけだわい。
渇ひて飲す、つかれて休す、腹へって食し、つかれて眠る、これだけ
だわい。風にまかせてゆくさきは、何れの浜か補陀賂(ふだらく)
か、何れの浜に波羅蜜多(ほらみった)。
昔、糞掃衣(ふんぞうえ)の聖(ひじり)ありき。心を発してより後、
住む所を定めず、いわんや庵(いおり)を結びて住せんや。身に具す
る所のものは、帆走十二道具なり。ただ海を渡る、処々、乞食(こつじ
き)すといえども、しばしば空し。ただ諸仏につかえ奉らんとふかく誓
ひ、日本回国す。念じては浪を越え、唱えては食し、念じては眠る。
その姿空空(くうくう) の転法輪が如し。回国(かいこく)、二十
余度に及びしとき、板とともに補陀賂が浜に打上げられし、村人あはれ
におもひ帆布もてくるみ、円材(ブーム)を立てて墓標とす。
聖衣輪空
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