ここで、「サイコ」の主人公(だれが主人公かハッキリしませんが、少なくとも前半はこの女性の視点から物語が進行します。)のマリオンは、なぜお金を盗んでしまったのか?への苦値人(クネヒト)の意見を発表します。
もちろん、これだけが正解というわけではありませんし、間違っている場合だって無きにしもあらずです。ただ、催眠を考える上での参考だと思ってください。人間のほんの些細な行動だって、なぜを正確に表現する事は難しいのですから。
さらに、ここでは、フロイトやユングといった分析の人の理論を使おうとは思っていません。人間の心の反応の仕方であって、深層心理ではないのです。
もう一つの注意は、いくら以下の説明を見てこの犯罪が、催眠状態を引き起こされたせいだとしても、この条件はいわば誰にでもあるものです。だから、責任は自分で負う必要があります。くれぐれも、裁判で責任能力を回避できると思わないように。まあ、こんなことを言う必要はないと思うけど、誤解する人もいるかもしれないので。
説明のひとつ━意思決定のどこまで、あなたは自分だと言えるだろうか |
冒頭のシーンを思い出すことにしましょう。(リンクをクリックで関係したところを開きます。画面をずらして参照してください)
マリオンは、「これで最後よ、サム」といいます。女性の気持ちとしてはどうでしょう。本当に別れるつもりならこんなことを、わざわざ言わないだろうと思うのです。好きだけど、今の二人の関係に不満があるのです。だから、男に何とかしろと迫るために、あおっている訳です。ところが、サムのほうもそれを軽くあしらおうとします。そして、相手の決心がかなりのものだと見るや、受け入れる振りをします。別に、マリオンをだまそうとしているというより、男と女の駆け引きですね。どちらも、自分の領域で、自分の思いどうりになるように相手を誘導しようとしています。
結婚していても同様の駆け引きがありますが、恋愛中の場合は、特に結婚という目標や結末があり、それに対する男女の気持ちの違いや、二人の盛り上がり方のずれ、年齢的な意識のずれ、それぞれの置かれている環境や状況などがあって、別れたくないけど結末まで行けないなら別れるか、あるいは結末まで行くなら別れるか、といったお互いの思いがあったりして、表面に現れた会話の通常の意味だけではおさまらない、つまり、通常の会話の一段深い駆け引き(メタコミュニケーション)が存在します。それを、少し見ていく事にしましょう。
サムは、マリオンを引き止めようとします(好きだというメッセージ)。その事がマリオンに力をくれます(この人はまだ私が好きらしい、少しはこちらのいうことを聞かせたい)。それで、結婚に誘導するために、セックスだけの関係なんてもう嫌だという意味を含めて、まずホテルについて文句をいいはじめます(ごねるというやり方を使う)。サムもその事(又結婚の事で不満を言うつもりだな)を察知して、夫婦者だってここにくる(ホテルのことでごねるのはよせ、君の望んでいる夫婦だってくるんだから)と言いはじめます。それにかぶせてマリオンは、結婚すれば何でもできるわよ(そんなにこのホテルが好きなら、結婚してちょうだい。そうすれば、私だってそんなに文句は言わないかもよ)といいはなちます。それについてサムが皮肉を言うと、「これで最後よ、サム」といわれてしまいます。サムはぎくりとします。これはおどしですね、マリオンは別な意味にすりかえて説明します、こういう場所とこっそり会うことだというのです。当然、結婚しなければ別れるわよという意味をもっています。
しかし、もちろんサムは、じゃあ結婚しようとはいいません。たぶん、今までに何度も同様の言い争いをしてきたのです。二人は、ホテルとか食事をするとか、会うとか会わないとかいう会話の下で、結婚についての駆け引きを続けています。
サムの「いや、まじめだよ・・・別れた女房の扶養料もだ」までのなかには、君と結婚したいけど結婚すると色んな事が出てきて嫌になる。そして、離婚すると余計なものまで背負い込む事になる、君のことは好きだけど結婚はもうこりごりだ。それに、最初から金銭的な負担をもって始めるのは、なおつらいし、それを君に負わせるのは、男としてできない、というような意味をこめて話しているようです。ここで、マリオンはまた痛烈にやりかえします、あなたのお父さんと別れた奥さんのために、二人で会うためのホテル代をもう既に払っているわ、格好つけるのはやめて、という意味をこめて「私もよ、ホテル代を払ってるわ」といいます。ほぼ、サムの負けですね。
「借金を返済して、扶養料も払う必要がなくなった時は・・・」と白旗をあげかけています。その反応を見るや、マリオンはここぞとばかりにたたみかけます。「私は、結婚もまだよ!」「してみろよ、幻滅さ」「結婚しましょう!」サムは防戦につとめます、いろんな理由をあげるわけですが、「それでもいいわ」と、受けとめられてしまいます。
サムは、状況をひっくり返すために「こんな事やめて、いい相手を探せよ」(そんなに結婚結婚というんなら別れるぞ)とおどしかえします。それに対して、マリオンは「考慮中よ」(だから、最初にもう終わりにしましょうと言ったじゃないの)といいます。
完全に、サムの負けですね。二人が話している間、マリオンは帰り支度をちゃくちゃくとやっていますが、サムはあっちへ行ったりこっちへ行ったり、くっついたり離れたり、状況によって位置を変えます。もっといようといっていたサムは、そのままの格好で取り残されます。
さて、サムは、会話には負けましたが、状況はサムの望んだようになっているのです。お互いが好きで、片方が何もしなければ今の形しかないわけです。マリオンがサムに本当に勝つには、別れるしかないわけです。しかし、サムを愛している。おそらく、マリオンはサムの誠実さを知っており、それを認めているはずです。そして、その誠実さがサムの結婚の決心に待ったをかけているわけです。
結婚という目的を持っているマリオンにとっては、これはつらいジレンマです。愛し合っているだけなら、今の形でもいいわけです。しかし、結婚しようとなると、サムの望む形ではいつになるか解かったものではありません、この状況を打開するには別れるしかありません。しかし、サムのことが好きなのです、別れるのなら意味がない。かといって、いつまでも待っていられない。
マリオンの頭の中には、このジレンマが渦巻きつづけるでしょう。でも、考えて解決は出来ない、彼女が本当に戦っているのは、サムを好きだという自分の気持ちということになる。ジレンマを脱出するには、それしかないわけですから、しかし、それはつらい戦いです。どちらにころんでも、彼女は苦しむ事になる。
好きなサムといれば、結婚はいつになるかわからない、ほかの誰かと結婚するには、好きなサムをあきらめなければならない。
ここで、催眠状態の浮く(催眠に入る)条件のところを、思い出してください。その条件に、関係を取るというのがあります。親密な関係、パターン化された関係を取る時というのがあります。恋が目的を持たずただ楽しいものであるとき、お互いに会えば催眠状態に入ります。お互いが王子様とお姫様に見えている、まあ、あばたもエクボに見えているわけです。幻覚ですよね(かわいいもんだけど)。二人が会うことが、スイッチになって、その二人特有の感覚の中に(催眠状態に)入ります。
つぎに、緊張関係(ジレンマ、板ばさみ等)、受け入れも拒否も選択も逃げる事も出来ない関係の時というのがあります。この状態は、心地いいものでないため、催眠状態が非常に悪い形で作用します。
さらに、マリオンはサムが好きだけど結婚できないというジレンマを、四六時中考えないわけにいきません。答えの出ない望みだからです。これが、気がかり、何かが気になって仕方がない、頭にずっと残っている時というものです。
そして、またマリオンはサムに会い、おなじことを繰り返し浮く(催眠に入る)条件を満たしつづけ、強化しつづけるわけです。
想像すると、マリオンの状態は、たびかさなる不愉快な催眠状態にずっと浸っているうちに、ほとんどいつも嫌な感じで浮いていしまっているでしょう。誰かが話す一言、結婚とか、幸せとか、夫婦とか、お金とかいった言葉に反応してしまうように、なってしまっているでしょう。なにかで、気持が切り替われば、「社会的な自分」が戻ってきますが、何かの一言や、サムに会えばすぐに浮いてしまう(催眠に入る)ようになっているでしょう。
こんな状態のマリオンには、催眠状態で起こることでいった状態がすべて起こる可能性があります。筋肉や血液の流れ、また脳の感覚や恐らくその機能自身に作用します。結婚のことが頭に残りつづけるということから、まず頭痛や肩こりなどが起こる可能性が大きいですね。視野が狭まるというのも起こるかもしれません。マリオンが、自分の将来に対して大きな不安を持つ場合先行きが不安、見とうしがつかないという思いが催眠状態の時強く働くと、自然な自分(体)のほうは、それに反応してしまいます。被暗示性の昂進というのも催眠状態で起こる、大きな反応のひとつです。自分の中の思いも、暗示として働くし、それはずっと絶えず働きつづけます。
その結果、視野が狭くなったり、遠くが見えなくなったりすることがあります。
会社に帰って、同僚と話し始めるとすぐ頭を押さえます(直前に金持ちの話が出ていることに注意)。さらに、同僚の女性が結婚の話を持ち出しています。マリオンは、自分の頭痛を「すぐ治るわ、治るとうそみたいに忘れちゃうのよ」と、表現しています。おそらく、仕事に集中したりして別な催眠状態に入ると(浮く条件でいったように、集中も催眠に入る条件のひとつです)おさまるのでしょう。この頭痛は催眠現象である可能性が大きいです。
しかし、今日は同僚の女性の話や金持ちの話で、社会的な自分が戻って来たり(催眠からさめたり)、別な催眠状態(いい状態)に移行することができないようです。
そして、そこに金持ちと社長が帰ってきます。マリオンが今日はまだ、催眠状態にいることを覚えておいてください。
金持ちの男(キャシディさん)のお出ましです。
部屋に入るなり、金の話を始めます。そして、マリオンに「いよいよ明日だ、・・・かわいいね」
と話しかけてきます。このかわいいねというのは、もちろん2重の意味を持っています。娘のことだというように説明しますが、マリオンに向けていってるのは間違いありません。これはかなりあからさまですが、もっと巧妙に2重3重の意味をこめてメッセージを送るというやり方は、とても相手に対して有効なやり方です。
この男性は、かなりコミュニケーションにたけているといえるでしょう、少々あからさまで、いやらしい所も目立ちますが、要点は押さえています。
さらに、娘の結婚の話を始めます。マリオンの状態を見てきた私たちにとっては、この話題ははらはらするものです。マリオンの催眠状態は、覚めるどころかさらにあおられていくことになりますし、より悪い(自然な自分をコントロールできない、暴走しかねない)状態へ引きずられていくことになります。
キャシディさんに、悪気は無いでしょう。あわよくばマリオンをつれるかと思って、粉をかけているわけです。次の会話はさらに興味深いものです。
「不幸なんてもんは、金で追っ払っちまうのさ」「幸せを買うんじゃなくて、不幸を追っ払うのさ」というセリフです。
おそらく、キャシディさんの意図したメッセージは、金を欲しいと思うことに罪悪感をもってはいけない、金で幸福を買おうと思うから金なんてと思ってしまう、そうじゃなくて、金で不幸を追っ払うと思えば良いんだ、そうすればやましいことは何も無い、幸せは自分で手に入れる、金では不幸を追い払っただけだと思えばいい、ところで、わしは金をたくさんもっている、あんたも(マリオンも)不幸を追い払いたいなら、わしが何とかしてやろうか、そのかわり・・・といったものではなかったでしょうか。
そして、さらにマリオンにインパクトを与えるべく、現金を目の前において見せ、こう言います。「これくらい無くしてもこたえんね、数えな」
キャシディさんのおもわくでは、どうだすごいだろう、あんたにもあげるよ、わしのものになればもっとあげたっていい、このくらいの金なんて、自分にとってはたとえなくしたにしても何でもないくらいの金額なんだ、どうだい・・・といったくらいのつもりでしょう。
ここまで見てきたとき、キャシディさんの言葉は、どうマリオンに受け取られたでしょう。キャシディ本人の意図したところとは、かなり離れた解釈をしたのではないでしょうか。
今マリオンのいる状態は、催眠状態についてのところで説明した、ハートが二つ(社会的な自分が浮いてしまい、他人の意識ががそのかわりに自然な自分の上に乗っている)になっているものです。催眠誘導されているのと、ほぼ同じ状態です。悪いことに、キャシディさんにその意識がないために、マリオンの反応をチェックしないし、自分の言動のすべてが暗示として働くとは夢にも思っていないのです。
ある程度は、誘導している意識はあるでしょうが、いまマリオンが反応しているのとはぜんぜん違う期待をしています。
今やマリオンの社会的な自分は、機能しなくなっています。その指令が届かないほど、離れてしまっています。その上、自然な自分の状態も最悪です。
マリオンは(マリオンの自然な自分は)、こうとらえたのではないでしょうか。
この、いやらしいキャシディという男は、本当に馬鹿だ。ちょっとくらい痛い目にあった方がいい。それにしても、この男の娘が幸せな結婚をする。それにくらべて自分はどうだ。金があるというだけで、あるいは金がないというだけでこうも違ったふうになってしまう。この男は言ったじゃないか、幸せになるかどうかは別にして、少なくとも不幸は追い払える。サムの借金や別れた女への手切れ金も渡せる。私たちの不幸を追い払える。幸せは私とサムでつくりだしていけばいい。
さらに、この男にとって、この金はたいしたもんじゃないんだ。なけなしの金で、やっとこさ何とか家を買おうとしている人とは違うんだ。たとえなくなっても、別に困りはしないんだ。どうせどっかのしょうもない女にくれてやるくらいのお金なんだ。
社会的に自分を守ってくれるはずの、社会的な自分はいません。ほとんどハートがこけている四つ目の図(催眠状態についての部屋)のようになっているかもしれない。そして、キャシディさんのうかつな言葉は、そのまま自然な自分に与えられた命令のように作用してしまう。自然な自分は、不快なジレンマの中から脱出できる新しい選択肢を与えられて、自分の命を守るために、お金を持って逃げようとしています。もはやそれを止めるものはいません。
マリオンは、かねてから計画していたわけではなく、衝動的に生物的に救われる道を求めて、お金をとって逃げてしまいます。
キャシディさんの言葉が、暗示として作用していることは、同僚の女性の「薬を飲めばいいのに」という言葉に「薬で不幸を追っ払える?」と反応していることからもわかります。
この後、自分の部屋でかなり迷っているところが描かれています。社会的な自分が少しずつ戻ってきているようです。逃げる途中で、社長を見かけたり、警官に目をつけられたりするうちに少しずつ社会的な自分が戻ってきています。
ただ、つかまると自分の身が危ないわけです。そのために、完全には社会的な自分がもどりきれません。
あるモーテルについて落ち着き、モーテルの変な主人と食事をしているうちに、しっかりと社会的な自分がもどってきます。目が覚めたわけです。ここでマリオンは、お金を返しに行く決心をします。
つまり、ここまでは、変な催眠状態に入り、その後の状況がたまたま重なって、自然な自分が暴走状態になり、お金を盗んでしまったが、その状態から抜け出ればちゃんと、社会的に悪いことをしたと判断でき、なんとか償おうと考えるわけです。
以上が、私の考えるマリオンがお金を盗んだわけです。
そして、それは、もともとはサムとの関係に発端があり、キャシディさんの巧妙なとって逃げろと言わんばかりのコミュニケーションのとり方があり、目の前に現金があるという偶然が重なって起こった、本当に出来心というような犯罪だったと思っています。