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ドザァァァ・・・・
雨は徹底的に降るつもりらしい。
ピックアップの上で十分に水浴びをしたし,今日はもう
アップナームはなし!!
とにかく服を脱いで着替えなくっちゃ。
タムもこれじゃ帰れず,プーの部屋に泊まることになっ
た。
彼女はプーのシャツを借りたのでダボダボ状態。
泊まると言っても板張りの上に大きめのタオルを敷いて
くれたのでその上にゴロンするだけである。
床板の隙間から海の風が吹き上がって来て気持ちいい。
この下は海だ。
プーはゴロンと自分だけベッドにひっくり返ると,あっ
と言う間にイビキをかきはじめた。
そりゃまー,あれだけ飲んで騒げばね。
物騒なムードも持ってるけど,無邪気で良いヤツだなぁ。
俺も疲れた・・
少し眠りかけたが,雷の音で目が覚めた。
ふと左を見れば筋骨逞しいタイ人の大男がガーガー寝て
いる。
右を見れば寝袋のごときシャツを着たタイ女性が寝てい
る。
フゥ・・・・
俺はこんな所で何をしているのだろうか。
数年前,建築の仕事をしていたときの生活を思う。
俺の人生も随分と変わったものだ。
あの頃は仕事に夢中。
自分が数年後にタイで雨の音を聞いているなんて想像も
していなかった。
距離も,人生の内容も,価値観も,本当に遠くにきたも
んだ。
「イトウ,起きてるの?」
タムの小さな声が漂ってきた。
起きてはいるが・・なんだかめんどくさかった。
(起きてるよ,アライ・カップ?)
そんでもって,そんでもって・・
なんだかタイ語を喋りたくなかったのだ。
俺は黙って目をつぶったままだった。
「イトウ!!」
突然,体の上に重いものが乗ってきた。
タムの両手が俺の肩を押さえ込んでいる。
目が猫みたいに光っていた。
(なんだ,なんだ,なんだ,なんだぁぁぁ)
「イトウ,アイラブユー!」
・・・・へ!?
「イトウ! 抱いて!」
(げげぇっ!!えええええ?)
頭の中がショックでゴウゴウ言っている。
とんでもない展開に,タイ語なんか出てこない。
とにかくこのマウントポジション(格闘技でいうとそん
な感じ?)を抜けだそうと,起きあがろうともがく。
しかしタムの力は強かった。
肩を掴んで離そうとしない。
本気で跳ね返したらプーを起こしてしまいそうだ。
こんな状況でプーを起こすのは・・ヤバイよなっ
しばし滑稽なもみ合いが続いた。
「ウウーン!」
プーが寝返りを打った。
タムも俺も静かになった。
ハァハァ言ってるがタムの手は力を緩めていない。
「なんでなのよ!」
・・・・なんで? なんでって本気で聞くのか?
タムは結婚していて,あんな可愛い娘もいるだ
ろ!
俺はあの娘と砂遊びしたんだぜ!
出来ない。絶対駄目だ!
必死に説明しながら,俺は自分がいかに滑稽な状況にい
るのかが分かってきた。 まったく情けない状況である。
俺が何をしたってんだ・・
タムは俺を組敷いたまま,じっと動かない。
俺の目を見据えたままだ。
お互いに動かないまま,時間が過ぎた。
バサッとプーが寝返りを打ち,ウウーと唸る。
俺はビクッとする。
(こいつ,ホントは起きてんじゃねえのか?)
フウー,とタムが大きな大きな溜息をついた。
「ご免なさい・・」
タムの手からゆっくりと力が抜けていき,俺の腹の上か
ら女性の重さと体温が消えていく。
ドオッと疲れて,タムがどいても起きあがる気力もない。
長い,なさけない夜だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次で終わりです。(たぶん)
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